口腔心身症サポートセンター

当サポートセンターについてご案内致します。

近年,臨床各科において,身体診察や臨床検査では異常ないにもかかわらず,疼痛や違和感が延々と持続する原因不明の,あるいはストレスの関連がうたがわれる不定愁訴や心身症的な病態の患者さんが増加の一途を辿っています.これは歯科口腔科臨床においても例外ではありません。このような患者さんの不安に寄り添い,より良い治療のためのサポートを行っています。

        

                                                   

2018.02.19. 管理人業績(学会発表)を更新しました。

2018.02.14. 管理人業績(マスコミ関連)を更新しました。

2017.12.26. 管理人業績(論文執筆)を更新しました。

2017.12.22. 口腔(歯科)心身症の治療法を更新しました。

 

 

 

 

 

 

 

口腔心身症サポートセンター

当サポートセンターについてご案内致します。

近年,臨床各科において,身体診察や臨床検査では異常ないにもかかわらず,疼痛や違和感が延々と持続する原因不明の,あるいはストレスの関連がうたがわれる不定愁訴や心身症的な病態の患者さんが増加の一途を辿っています.これは歯科口腔科臨床においても例外ではありません。このような患者さんの不安に寄り添い,より良い治療のためのサポートを行っています。

        

                                                   

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2017.12.26. 管理人業績(論文執筆)を更新しました。

2017.12.22. 口腔(歯科)心身症の治療法を更新しました。

 

 

 

 

 

 

 

口腔心身症サポートセンター

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近年,臨床各科において,身体診察や臨床検査では異常ないにもかかわらず,疼痛や違和感が延々と持続する原因不明の,あるいはストレスの関連がうたがわれる不定愁訴や心身症的な病態の患者さんが増加の一途を辿っています.これは歯科口腔科臨床においても例外ではありません。このような患者さんの不安に寄り添い,より良い治療のためのサポートを行っています。

        

                                                   

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2018.02.14. 管理人業績(マスコミ関連)を更新しました。

2017.12.26. 管理人業績(論文執筆)を更新しました。

2017.12.22. 口腔(歯科)心身症の治療法を更新しました。

 

 

 

 

 

 

 

サポートセンターについて

近年,臨床各科において,身体診察や臨床検査では異常ないにもかかわらず,疼痛や違和感が延々と持続する原因不明の,あるいはストレスの関連がうたがわれる不定愁訴や心身症的な病態の患者さんが増加の一途を辿っています.
これは歯科口腔科臨床においても例外ではありません.
このような歯・口腔・顎の愁訴をもつ患者さんは,通常の歯科や口腔外科では,「異常ない」,「治す方法はない」,「治療対象ではない」,「歳のせい」,「気持ちの持ち方」,「精神科か,心療内科へ行きなさい」などと宣告され,全く受け入れてもらえず,wandering patients(放浪患者)となって,口腔心身症難民化しているのが現状です.
この傾向はとくに関西・近畿地区において顕著であり,適切な歯科医療施設を見つけるのに本当に苦労されていることと思います.


当サポートセンターは,このような口腔心身症患者さんに,適切な医療機関を紹介したり,また本症に関する疑問へのアドバイスを行うことなどを目的に設けられました.

サポートセンターについて

近年,臨床各科において,身体診察や臨床検査では異常ないにもかかわらず,疼痛や違和感が延々と持続する原因不明の,あるいはストレスの関連がうたがわれる不定愁訴や心身症的な病態の患者さんが増加の一途を辿っています.
これは歯科口腔科臨床においても例外ではありません.
このような歯・口腔・顎の愁訴をもつ患者さんは,通常の歯科や口腔外科では,「異常ない」,「治す方法はない」,「治療対象ではない」,「歳のせい」,「気持ちの持ち方」,「精神科か,心療内科へ行きなさい」などと宣告され,全く受け入れてもらえず,wandering patients(放浪患者)となって,口腔心身症難民化しているのが現状です.
この傾向はとくに関西・近畿地区において顕著であり,適切な歯科医療施設を見つけるのに本当に苦労されていることと思います.


当サポートセンターは,このような口腔心身症患者さんに,適切な医療機関を紹介したり,また本症に関する疑問へのアドバイスを行うことなどを目的に設けられました.

サポートセンターについて

近年,臨床各科において,身体診察や臨床検査では異常ないにもかかわらず,疼痛や違和感が延々と持続する原因不明の,あるいはストレスの関連がうたがわれる不定愁訴や心身症的な病態の患者さんが増加の一途を辿っています.
これは歯科口腔科臨床においても例外ではありません.
このような歯・口腔・顎の愁訴をもつ患者さんは,通常の歯科や口腔外科では,「異常ない」,「治す方法はない」,「治療対象ではない」,「歳のせい」,「気持ちの持ち方」,「精神科か,心療内科へ行きなさい」などと宣告され,全く受け入れてもらえず,wandering patients(放浪患者)となって,口腔心身症難民化しているのが現状です.
この傾向はとくに関西・近畿地区において顕著であり,適切な歯科医療施設を見つけるのに本当に苦労されていることと思います.


当サポートセンターは,このような口腔心身症患者さんに,適切な医療機関を紹介したり,また本症に関する疑問へのアドバイスを行うことなどを目的に設けられました.

口腔心身症の基礎知識

口腔心身症とは?病因は?分類は?等、基礎知識をご紹介致します。

  • 口腔心身症とは?
  • 口腔心身症の病因は?
  • 口腔心身症の分類は?
  • 口腔心身症の症状は?
  • 口腔心身症の検査は?
  • 口腔心身症の治療法は?
  • 口腔心身症の治療期間は?
  • 口腔心身症の病状経過・治療成績は?
  • 口腔心身症治療を受ける際の心構えは?
  • 口腔心身症の予後は?

口腔心身症の基礎知識

口腔心身症とは?病因は?分類は?等、基礎知識をご紹介致します。

  • 口腔心身症とは?
  • 口腔心身症の病因は?
  • 口腔心身症の分類は?
  • 口腔心身症の症状は?
  • 口腔心身症の検査は?
  • 口腔心身症の治療法は?
  • 口腔心身症の治療期間は?
  • 口腔心身症の病状経過・治療成績は?
  • 口腔心身症治療を受ける際の心構えは?
  • 口腔心身症の予後は?

口腔心身症の基礎知識

口腔心身症とは?病因は?分類は?等、基礎知識をご紹介致します。

  • 口腔心身症とは?
  • 口腔心身症の病因は?
  • 口腔心身症の分類は?
  • 口腔心身症の症状は?
  • 口腔心身症の検査は?
  • 口腔心身症の治療法は?
  • 口腔心身症の治療期間は?
  • 口腔心身症の病状経過・治療成績は?
  • 口腔心身症治療を受ける際の心構えは?
  • 口腔心身症の予後は?

薬物療法と心理療法

01 薬物療法と心理療法

02 口腔心身症の非薬物療法

03 真実の薬剤物語

04 心理療法的態度

 

 

01 薬物療法と心理療法

 

 口腔心身症の治療における薬物療法と心理療法の役割を,ひとつの喩えを用いて説明してみます.

 人間の人生を,山頂の古巣に向かって激流の浅瀬を歩いて登っていくことに喩えてみます.

 この激流のあちこちには深みがあり,人間(わたしも含めて)というのは不注意なところがあって,ときどきはその深みにはまって溺れることがあります(発症).

 この溺れている最中の人に,溺れた原因を訊いたり,泳ぎ方を教えることはできません.とりあえずは,この溺れている人を岸辺まで救い上げねばなりません.この岸辺まで救い上げるのが薬物療法の役目です.

 しかし,これだけでは大半の人はまたそのうち溺れることになります(再発・再燃).だから,岸辺に助け上げた人に,今後できるだけ溺れないように,

 また溺れても自力で泳いで岸辺にあがれるように,溺れた原因(認知・行動様式のくせ)を考えたり,溺れない歩き方や泳ぎ方(認知・行動様式の修正)を勉強していかねばなりません.

 

 

02 非薬物療法

 

 口腔心身症には向精神薬による薬物療法(抗うつ薬や抗不安薬など)が効果的です.

 本症の代表的な病態である舌痛症,とくに単愁訴型(舌のひりひり感が単独症状の症例)などは,このような服薬によって数週以内に症状がほとんど消失します.

 治療者にとってもストレスが最も少ないタイプです.

 これは意識下・無意識下を問わず,病態説明や支持療法的対応(言葉の処方)がなされていれば,その効果はより増強されるといわれています.

 ただ,薬物療法はあくまでも対症療法的であることも認識されるべきであって,患者の環境問題の解決も認知の修正も行ってくれません.

 また歯列咬合異常感症(歯並びや噛み合わせの異常感),自己口臭症(強い口臭がないのにあると確信して対人面で支障を生じている)や,セネストパチー様口腔愁訴(唾液のネバネバ感やベタベタ感を含め口腔内に奇異な症状がある)など3大難治性病態をはじめ,神経症的(とらわれやこだわりが強い)傾向の口腔心身症は,薬物療法単独では治療完結しません.

 非薬物療法の併用下に長期的な治療的関係性継続の覚悟が必要となります(これは患者さんにとっては様々なことをもう一度考えてみる機会になりますし,治療者にとっては心身医学的治療を行う上での治療的自己を試されることになるのかもしれません).

 この非薬物療法には歯科的処置,生活指導や環境調整などとともに,病態説明,一般心理療法,外来森田療法,ロゴセラピー、積極的筋弛緩法,顔系臨床動作法やEFTなど各種心理療法があります.

 これらが常に根本療法になりうるか否かはわかりませんが,少なくとも患者さんのレジリエンス(自己回復力)には好影響を与え,より根本療法的な治療経過を辿ることに寄与することは間違いなさそうです.

 したがって,口腔心身症の治療は向精神薬による薬物療法とともに,歯科的処置,生活指導・環境調整や各種心理療法など非薬物療法を,患者さんに合わせ応病予薬的にミックスさせて治療を行うことが必要になる訳です。

 

 

 積極的筋弛緩法

     

 

 

 催眠療法

     

 

 

 不快感情除去法(必殺掃除人)

     

 

  Emotional Freedom Technique

     

 

                        

 PSI 療法

     

 

                       

 ◯×療法

     

 

 

 

03 真実の薬剤物語

 

 口腔心身症を治療する際に,どうしても薬を飲みたくないと仰られる患者さんがいます.

 そういった患者の多くは,副作用が怖い,依存症が心配,こんな薬を飲まなければいけない人間ではない(プライド)のいずれかが原因であるようです。
 そういった気持ちは重々理解できるのですが,薬剤物語をお話することがあります.わたしの創作した物語です.

 薬というのは,一体どうして存在するのでしょうか? 
 薬というのは,「なんとかして病人の苦しい症状を取ってあげたい」,「なんとかして辛い病気を治してあげたい」といった,多数の医薬関連の人たちの,病人に対する抜苦与楽という集合想念が,長年月を経て結実化したものといえるかもしれないのです.
 薬とは,そのような極めて純粋な結晶のようなものなのです.
 ただ,非常に残念なことではありますが,その結実化する途上において,ときに「すばらしい薬を造って偉くなって有名になりたい」とか,「よく効く薬を造ってお金をたくさん儲けたい」といったような悪想念の不純物が,様々の割合で混入していることがあります.
 そして,同じ病気に同じ薬であっても,ある治療者や病人では副作用もなくよく効きますが,別の治療者や病人では,効きが悪く副作用やアレルギーが出るといったことがあります.
こ れは,単に体質やアレルギーといったことだけではなく,その薬を処方する治療者や服用する病人の心情が,薬の純粋な部分に感応したか(陽性プラセボ効果),あるいは薬の不純な部分に感応したか(陰性プラセボ効果)ということが原因であるかもしれないのです.
 だから,私も気をつけて処方していますが,患者さんも薬に対する「不安」・「拒否」などといった陰性感情についてもう一度よく考える必要があるかもしれません.

 

 

 

04 心理療法的態度

 

 

◆斎藤啓一:フランクルに学ぶ.日本教文社,2001


・虚栄と誇りは違う。虚栄を満たすには他者を必要とするが、誇りは他者を必要としない。
・壊れそうな建築は、屋根に重荷を乗せるとしっかりする。人間も、負担を背負った方が強い。
・深刻な時ほど笑いが必要だ。ユーモアの題材を探し出せ。そこに現状打破の突破口がある。
・信じてもダメかもしれないが、信じなければ、実現するものもしなくなる。
・苦しみ悩むのが人間なのではない。苦しむ苦しみ悩むからこそ人間なのだ。
・真の勇気が試されるのは逆境の時ではない。幸運なときどれだけ謙虚でいられるかで試される。
・絶望とは、もうすぐ新しい自分と新しい希望が生れてくるという前兆である。
・些細なことは重要なことのように徹底してやる。重要なことは些細なことのように心を落ち着けてやる。
・悩む人ほど健康で人間的である。悩む能力がマヒしていないからだ。
・運命は何のために訪れるのか? 本当の自分に目覚めるために.
・自分を忘れたとき、本当の自分を発見する。本当の自分を表現するとき、自分はいなくなる。
・人生の幸福は、どれだけ快楽を得たかではなく、どれだけ感動を得たかによって決まる。
・人間は悩みに苦しむのではない.悩んでいる自分自身に苦しむのだ。
・いくらすばらしい技術があっても人は癒せない。人間的な触れ合いと愛の交流がなければ.

 

 

◆青木省三:精神科臨床ノート.日本評論社,2007


 長い病歴を持つ患者さんが体験したであろう人生のさまざまな出来事に心を揺さぶられることなしに、そもそも血の通った臨床というものは成り立つのだろうか。
 確かに客観的な視点や冷静さを失えば治療や援助は行えなくなる。しかし、患者さんの人生に心が動かなくては治療や援助は行えない。治療者の想像を超えた人生の苦しみを、患者さんの方が体験することが多く、治療者の方が少ないであろうことはいつも忘れずにおきたい。
 患者と治療者という役割をわけるものは、生物学的なことも含めて、人生の偶然以外のなにものでもない。

 精神療法というと「〇〇療法」というような名前と形のある特別の理論と技法を思い浮かべることが多い。
もちろん、そういう精神療法もある。
 しかし、多くの臨床家は、これといった名前のないものや、その臨床家が生きてきた人生の中で体験してきたことと、いくつかの「〇〇療法」の中から自分に納得のいく部分を持ち寄ってきたようなものを行っているのではないか。
 それを「臨床家の精神療法」と名付けてみる。
 それは、それぞれの臨床という場での工夫やハプニングが積み重なってできた「臨床家の知恵」といってよいものかもしれない。
 このような「臨床家の精神療法」の経験こそ必要なのである。
 臨床家の経験の積み重ねや、むしろ人生そのものが力を生み出すような「臨床家の精神療法」は軽視され、しだいに忘れさられていくような危惧を感じている。
 粘り強く臨床に携わってきた人の数だけある「臨床家の精神療法」は、たとえていうなら地酒の味わいである.廃れさせてはもったいない.

 患者さんの悩みや苦しみをいくらかでも軽くするために、どうしてあげたらよいかと考える。しかしできないことも多く、実際にできることは、ささやかな限られたものであることが少なくない。もちろん、そのささやかで限られたものがとても大切なのであるが。。

 精神療法の「〇〇療法」は,日常生活における相談ののり方と決して無縁のものではなく、それどころか日常生活における相談の一つの延長線上に発展してきたのではないか。
 名前のある「〇〇療法」とは、広い人へのかかわり方の中の一つを純粋培養的に発展させたものなのである。それはある意味では、人へのかかわりの幅という意味では狭くなるという後退であり、ある人とのかかわり方という意味においてはより深くなるのである。
 精神療法が「〇〇療法」という名前を持った時、それは狭さと深さの両面を持っていることを知っておく必要がある。
 治療者が無力感を感じ,自身のアイデンティティーさえも見失いがちになるとき、形のある「〇〇療法」は治療者にある種の力を与えるものとして魅力的に誘ってくる。
 しかし私は,治療者が無力感に苦しむことが悪いこととは思わない。無力感を感じなくなるよりも、無力であることをしっかりと受け止めながら、日々の臨床を地道に続けていくことこそが大切なのではないかと思う。
 患者の全体をこまやかに観察し、幅広い選択肢の中から、その患者に応じたものを適宜柔軟に選びとる。様々な「〇〇療法」へと分化される前の,一人の人間としてのかかわり方を大切にする、それが「臨床家の精神療法」というものの基本的な考え方だと思う。

 いかなる精神療法も書物の中にあるわけではない。
 精神療法は一人の人間の中に取り込まれ、話し方や振る舞い方としてあらわれてくる。時間を区切られたセッションの中だけに現れてくるものではなく、一般外来や日常生活にも現れてくる。そこでは、一人の人間の話しぶりと立ち居ふるまいとして現れてくる。たとえ限られた短い時間の診察であったとしても,一般外来の中にこそ精神療法の神髄はある。
 たとえば,「こんにちは」の中に治療者の姿勢が凝縮されているとでも言えばよいだろうか。その後の診察や面接の中で、それらはゆっくりと解凍されるように現れてくる。その治療者の精神療法が、その人の話しぶりと立ち居振る舞いに現れてくるのである。
 論文などで治療者と患者の言葉のやりとりが丁寧に記載されていても、その治療者の精神療法はわからない。その一言が、どのような表情で、どのような口調や音調で発せられていたのかが分からないと、その一言が相手に何を伝えたのか、そしてそれがどのように患者に体験されたのかはわからない。言葉と態度が一体となり、話しぶりと立ち居振る舞いとしてあらわれてくるもの、それこそが精神療法のではないか。
 〇〇療法家にも、紹介したいと思う治療者と紹介したくない治療者がいる。紹介したいと思う治療者は、どこか「〇〇療法」を相対化しており、様々な治療を対等に考えている。
 一般に、視野が狭窄すればするほど、個人の自覚としての自信が強まり、自身が依拠しているものに対する批判力がなくなるというパターンがあるように思う、これは精神療法を勉強する際に陥りやすい、最も怖いことである。

 個人精神療法という人間関係は、必ずしもいつも患者、治療者それぞれの日常生活での人間関係における対人関係能力を向上させるものではない。それだけでなく、2者関係は得意だが、それ以上の複数の関係が苦手な人をつくる場合がある。
 個人精神療法の人間関係で磨かれていくのは、しばしば日常生活では頻度の少ない単純化された人間関係における能力となる可能性がある。
 そもそも個人精神療法家が必ずしも優れた社会性を身につけているわけではない。少なくともそのことを治療者は自覚しておく必要がある。自身の社会性の不十分さへの自覚が,2者関係への埋没を防ぎ、結果として患者の現実の人間関係を豊かにする。

「臨床家の精神療法」とは,一人一人の患者を前にして、治療者がそれまで生きてきた人生の中で、自身のなかに蓄積されたものを総動員し,その患者に応じたものを考えよう、見ツアーつけようとする営みである。

 直面化という言葉が安易に使われ過ぎている。自分がそのような直面化をさせられたらどのように感じ、受け止めるだろうか、ということに対する想像力のない直面化は、百害あって一利なしである。
 直面するということは、できる限り患者が自分の意思のもとに選択すべきものであり、治療者が直面化させるということはできる限り少なくするように配慮したい。
 過去は当然ながら変えることはできないのだが、まずは、過去を冷静に見つめ、次いで一つひとつの出来事の良い面と悪い面を見て、そして,いくらか肯定的な色調で過去をとらえ直すということが臨床において求められている。

 身体に病気と怪我があるように、心にも病気と怪我がある。自然回復力が適切に発揮されるには、ほどよい手当と養生が癒してくれる。

 悩むことや苦しむことは決して心地よいものではないが、悩みや苦しみはそれを通して自分自身や人生について考え、その人の人間としての深みを増してゆくという、いわば人生の肥やしのようなものではないだろうか。
 本当に大切なことを、適切な時期に、しっかりと悩むことや苦しむこと、それをいくらかでも手助けするのが心理療法の目的であると考えたい。
 悩みや苦しみは、楽しみやゆとりを引き立たせる人生の調味料のようなものと言えるかもしれない。悩みや心の傷への対処の仕方に、絶対の正解などありはしない。

 わかろうとすること、そして、少しでも相手が生きやすくなるようにと考えることは重要である。しかし、人の心のすべてがわかるとか、人を変えることができるというのは幻想である。人は機械ではない。心のメカニズムを機械のメカニズムのように説明し、理解することなど、できないことなのである。

 しかし、ぎりぎりのところでは、できることがなく、なす術もなく、ひたすら相手思う、幸運を祈る、そういうことしかできないのではないか、と思うときがある。そして、そのような思いや祈りが、いくらかでも助けになりはしないかと思いながら、一瞬の点滅であり、一粒の砂である人生を、いま臨床家として生きている。

 心理療法は基本的には一代限りである。患者を理解しようとする営みの中で理論は生まれ、その中で援助の技術も磨かれていく。それを形作ろうとする過程にこそ、意味があり治療力がある。しかし逆に、出来上がった理論を通して患者を理解し、定式化された技法を患者に適用しようとすると、生き生きとした治療力が失われやすいので注意が必要である。

 体系的な心理療法よりも、ごく普通の臨床的配慮、あるいは常識的な診療が必要かつ十分であることが多い。

 初回面接は、実は最初で最後の面接であることも決してまれではない。「会うは別れの初め」というが、出会うことは必ず別れがくるということでもある。治療という面からみると、一回で終わりと思いを定めることが、その面接をより意義深いものにする場合がある。
 一方で,治療者が隣人や知人のようになり、患者に際限なく会っている場合もある。患者の日常生活の一部に組み込まれた面接とでも言うのだろうか。この場合、面接内容は、次第に茶飲み話、世間話のようなものになり、面接として際だたなくなる。治療者というよりも市井のおじさん、おばさんに近づいて行く。

初 回面接終了例でわたしのしたことをまとめれば,①悩みや苦しみにまつわる気持ちを汲み取り、そして労ったこと,②悩みや苦しみに対する私なりの理解を平易に説明した.その際,患者の良いところが,逆に今は患者を苦しめるものになっていることなど,良い意味で患者の考えと異なる意外な説明が治療的となる.③治療者が現実的で具体的な指示や提案など

 聞くことと手当すること、診断することと治療すること、客観的観察と主観的推測などが、いずれも相補的に同時進行していくの面接というものである。.

 治療として一回で終わるの面接を考えると、少なくとも聞きっぱなしでは許されない。一回の面接が意味あるものになるためには、患者の悩みや苦しみを理解したうえで、具体的で、可能な提案や指示を与える必要がある。その際、性格の変化や人間としての成長などの大きな変化を目標とせず、対処の仕方や生活をほんの少し変えることを目標とする。しかし、これは決して簡便な精神療法を行うということではない。

 患者の人生の質を向上させることが精神療法の本来の目標であり,その目標のために連続した長期間の面接が必要な場合もあるが,他方人生のワンポイント・リリーフのような面接も大切.そもそも面接は、長かろうと短かろうと、患者の人生のワンポイント・リリーフ.
 一回で終わる面接を,面接の基本と考えるべきではないかとさえ思う.換言すれば、一回で終わるの面接は、できる限り患者の人生に治療者の影を落とさない治療でもある。治療者はできる限り黒子や触媒になり、患者の自然治癒力・自然回復力が働いてくるのを待つ.治療者はできる限り最小限の関与を心がける.

 万終わりのない面接はまさにある意味終わりがない。しかし、面接が人生の中の一大事ではなく、近所の八百屋さんへ行くような感じに近くなる。そこにいけばだれかがいる、というような行きつけの喫茶店や一杯飲み屋に近くなる.そして、私に向って、日々あったことを話し自分自身で心の中におさまりをつける。患者は、私の答えを期待しているというよりは、どちらかというと自分の気持ちに区切りをつける。自問自答するというような雰囲気である。治療者なしには生きていけないというような終わりのなさではなく、立ち寄る場所、居場所としての面接とでもいうのだろうか。そのなかで、患者も治療者も同じように年をとり、やがて老いていく。治療者とは,隣人や知人、少し離れた同伴者とでも言おうか.

 子供時代に、自分の名前をあまり好きだと思えなかったりすることは決して少なくない。しかし,自分の名前が好きになるとまでは言わないにしても、自分の名前がしっくりとなじんでくる時があるような気がする。それは、自分がいくらか自分と折り合いがついたときといえるかもしれない。

 診断されるということは、本来はよくわからない苦痛に、病名という形が与えられることにより、言葉になる前の苦しみが、自分にとってのある種の異物となり、距離がとれるようになることである。医療の枠組み、文脈で病名を与えられるということは、自分の意思や自分の責任というものから、基本的には免責されるということを意味する.

 老年期は危機的である。思春期、青年期、成人期において、しばしば浮上してくる「自分の生きる意味とは何か」という根本的な問いを改めて突き付けられる。そのうえ、自分に残された時間があまり多くないことにも気づいている。この問いに正解などないし、人生の後輩である精神科医が何かを話しても、むなしい言葉になるであろう。ただ、自分自身も、もしその年齢まで生きたとすれば、同じような危機に直面するかもしれないことを自覚し、自らも「自分の生きる意味とは何か」と考えながら、援助を考えるという姿勢が大切であるように思う。老年期の心の整理の仕方、生き方は多様である。治療者には自身が人生を悟ったような言動をしないという節度が求められる。まして、理想的な老年期の過ごし方などを語って,はならない。老年期を過ごし方は、人の数だけあってよい。

 

 

◆ 岩波 明

 。。。精神疾患に限らず重い病気に苦しむ人は後を絶たないのであり、彼らの呻吟する姿をそのままにしておくわけにはいかない。
 彼らの気持ちに寄り添い、心を開いてその苦しみを共に感じること、生き抜くために心を尽くすことは、無力なわれわれにも可能なのである。




塚崎直樹:精神科主治医の仕事-癒しはどのように実現されるのか-,アニマ2001発行・星雲社発売,1993


 医者の仕事はまずその光を灯すことにある。時には、それに尽きることもある。しかし患者の方がそれを望んでいなければ…ダメである。それに、医者の側に何とかしてあげようと言う…気持ちが生じたときだけ、そこに希望が生まれる。単なるリップサービスには人の心を動かす力はない。


 ときどき私は、医者はすべからく喜劇役者であるのがいいのではないかと思うことがある。


 患者の立場は、自分の主治医が、一番偉くて、一番知識があって、一番愉快で、一番健康的であることを求めている。ハンサムなら,なお言うことはない。どれもなかなか実現がむつかしいので、せめて一番愉快なことぐらいはねらってみたいものである。


 治療関係を結ぶという事は。実は患者にとっては、自分の中にある自己治癒力との対話を開始するということに他ならない。それが、とりあえず、医者との対話という形をとるわけである。


 精神科の患者が、治療関係を受け入れている場合は、この治療というのは対話であるということを、それなりに理解しているからであることが多い。


 精神科医となることは『あの世』と『この世』を行き来する患者の魂の旅を、たとえ一瞬でも共有することなのかもしれない。


 生身の人間が、医者としてあるのは良いとしても、三途の川のほとりにやってきて子供の手をとるということは可能だろうか。話のうえであっても、そんなことができるのは地蔵菩薩だけである。


 本当の苦しみに直面したとき、『この世』と『あの世』を行き来できるような回路を開くことなしに、“癒し“を実現することはできないと思う。


 何もしゃべらない面接があって、終わり際に患者の方から『今日の面接はとても良かったです』と言われたこともある。本当に何もしゃべっていないのである。面接には、話した内容よりももっと重要な側面があるのだと、思わされる。


 草葉の陰という言葉があるが、草叢のちょっとした陰に『あの世』はあるのだ。そこから見ると、この世の約束も、この世のしがらみも、また違った風に見えてくるだろう。そのことが一瞬、心を自由にさせる。木の葉が風に揺らいでいるところに『あの世』はある。


 『あの世』は人が死んでから行くところ、そして生まれる前にいたところ。この世のすぐそばにありながら、見えない所。この世の現実を照らし出す、もうひとつの世界。この世の現実が、いかようにも変更可能であることを教えてくれる世界。そう考えてみたい。


 治療者が『あの世』に心を開いていると、『あの世』があるという前提がなければ表現しきれないことを、患者の側が言葉にしやすくなるのである。それで、患者の心が安らぐのだとしたら、やはり『あの世』があると思ったほうが合理的だ。


 たぶん、治療者が十分に有能であれば、『あの世』と『この世』を超えたところから、すべての事態を見ることも可能になってくるだろう。そして、そうなって初めて心理療法家と言えるのかもしれない。これは、歴史的、文化的にはシャーマンと呼ばれる人たちの仕事にきわめて似ている。


 そして、いつの間にか私は心理療法ができるようになっていた。…ある時、何かが変わったのである。かつては薬を出さなければ外来に来てもらうことができなかった患者が、話の内容だけで満足し、通ってくれるようになった。…話しているだけで症状も良くなっていく。その事実は実に不思議だ。患者に対する自分の見方が、天と地ほど変わっていることにも気づくのである。平面と立体ほどの違いである。


 精神科医になって二十年近くたち、ようやく私は自分なりに精神科医の仕事の意味をつかめた。『この世』の現実だけに生きるのではなく、しかし『この世』の現実を離れるのでもなく、さらに深く生きるために、いくつもの現実の中に自由に生きてみせるということである。


 言葉は、沈黙にはさまれて初めて聞き取れる。


 治療者は,患者のいかなる態度にも絶望せず、治療者としてありつづけなければいけない。


 意識があるから、ないからではなく、また、言葉が通じるから、通じないからではなく、その人のそばにいることの重要性を感じた。人間にできることは、まずそんなことからなのかもしれない。


 …沈黙と、ただそばにいるということが、あらゆる言語を超えて、人類共通の言語であること…


 …自分ひとりではない。そのことを知っただけでも勇気が出てくる。


 …しかし、精神の病に対して、いつまでも助け船でいて、それで本当の治療になるのか。そこに本当の癒しはあるのか。その問いは、われわれの仕事に対して、われわれ自身が持つべき問いの一つあろう。


 …“責任を取って“私は高野さんの足や身体をマッサージすることにした。診察の合間を見て、10分か15分、高野さんの足などをマッサージした。『まだまだ』と言われて、30分ぐらいやらされたことも…『今日はまだか』と催促されたり、『責任を自覚ししていない』と怒られることもあった。ところがしばらくして高野さんは、『だんだん足が治ってきました』と言ったり、感謝を表したりするようになった。癌で全身の体力が落ちてくる。それがマッサージで改善するはずはない。しかし、本人はそういうのである。


 …言葉は気持ちをのせるいれもの…


 死に近づいたとき、普通の人よりはるかに混じり気なく、物事の本質をつかみ、表現していた。精神病が治っていたというより、正常を越えてその彼方へ行っていたような気がする。多分、精神病の体験の中で感じたことが、すべてその意味を転換して、彼をそんな世界へ連れて行ったのではないかと思う。彼は決して普通の人間には語れないことを語っていた。


 …私は彼を治療していたのだろうか。治療をしていたのかもしれない。しかし、同時に人生を共にしていたのでもある。


 …仕事には人間を変える力がある。『死にたい』と言っていた人が生きてみようかなと考え出したりする。それくらい大きな力があるし、大事なものである。


 …青春と言うものは、自然に消えていくものではないということなのかもしれない。青春はいつも強いられた形でしか、消えていかない、それが青春の持つ苦さや甘さの理由なのかもしれない。


 …どんなに状態の悪い患者でも、将来に希望が出てくると、症状が改善してくるものだ。


 大物の患者というのは、医者よりも人間的に器が大きいか、病気が標準以上に重いのかのどちらかである。両方あれば本当の本物ということになる。


 患者が医者と治療関係を作ってから、最初に見る夢は、イニシャル・ドリームと言って、その後の経過を予言することがあると言われている。


Amazon書評から抜粋。

1. 投稿者,Amazonカスタマー氏
…ともあれ、塚崎直樹は、「患者の傍らにありつづける」「なすすべがなくとも、けっして見捨てない」医者であることがわかる。
そういう精神科医がいるという事実を知らしむだけでも、患者には福音であろう。

2. 投稿者,ひらひら氏
精神科医とは…完治することのないであろう患者に、ただ、ただ寄り添う。
積極的に「心」にメスを入れたりすることはしないし,できない。
著者・塚崎直樹はわかっているのだ。
自分の仕事が永遠に終わりの無い「もぐら叩き」だということを・・・
患者に寄り添い,同行し,同じ空間・時間・季節を共有し、確実なものとして存在する。「確実な存在」であり続けてくれる事が、患者にどれだけ「癒し」(安心)になるか・・・

3. 投稿者,roses325氏
「治療の大部分は患者とのつきあいを通じてと言うことになる。」と書かれている通り,つきあい,すなわち時間空間を共有することの治療的意味がジワリと伝わってくる。
(主治医に対する)患者の信頼感。それでいてこの主治医は,四季折々の振る舞いを見せながらじっとしているだけの「桜の木」のような存在。必要とあらば,時には三途の川までつきあいもする。本の帯に「魂の旅への同行者=主治医」とあったが,「つきあう」「よりそう」とはそういうことか,と一つの道を示された気がする。



吉松和成
医者と患者
岩波書店、2001


「ときに癒し、よく和らげ、常に慰める」…常に慰める存在であることは可能だし、それをなすのが常に医者に求められるのである。

 もし医者の学問的満足に重きが置かれるようであれば、それははなはだ不幸な事態と言わざるをえない。そのような医療状況では結局医者は病的臓器をみるが、患者を人間全体として見る視点を失っていることになる。

 医者の助けを必要としないと心に決めている段階では、病人は病人であっても患者ではない。患者とは医者の前に現れ、医者の助けを欲し、それを求める者としての心構えが準備されている段階にある人を言うからである。

 掛け替えのない人間としての価値を持った患者に接しているのだと言う自覚は、もっと強調されてしかるべきであろう。

 すなわち何よりも医者は患者の病気に対する自然治癒力あるいは闘病力に期待をかけ、その賦活のためにあらゆる力を注ぎ、そして人事を尽くした後は祈るような気持ちで患者の傍らにじっと居続け、時が熟するのを待つわけである。

 患者の傍に座り、ただ「自分はあなたの必要とする時間いつまでも傍にいるよ」と伝える。

 医者の存在自体が患者の闘病の役に立つ。

 精神科を専攻に選んだ新参の医師で、やがて重いうつ状態にならないような者ーそういう連中は一人前の精神科医にはなれない。

 権威の存在は明らかにその治療効果に影響がある。しかし同時に医者は患者の前でその謙虚さを失ってはならない。この二つの一見相反するあり方の両立が医者には求められていると思うのである。

 医師は患者を助けることをその業に選んだ人間のはずである。しかしその想いや願いに反して、患者の心を傷つけていることがある。医師はその願いと違って、現実には患者に対して加害者にもなりうる。この逆説に気づく事は医師当人にとって耐え難いことかもしれない。しかしそれ以上に傷つき、苦しんでいる患者がいる事実をまず自覚することが医師には求められよう.

 

 

 

薬物療法と心理療法

01 薬物療法と心理療法

02 口腔心身症の非薬物療法

03 真実の薬剤物語

04 心理療法的態度

 

 

01 薬物療法と心理療法

 

 口腔心身症の治療における薬物療法と心理療法の役割を,ひとつの喩えを用いて説明してみます.

 人間の人生を,山頂の古巣に向かって激流の浅瀬を歩いて登っていくことに喩えてみます.

 この激流のあちこちには深みがあり,人間(わたしも含めて)というのは不注意なところがあって,ときどきはその深みにはまって溺れることがあります(発症).

 この溺れている最中の人に,溺れた原因を訊いたり,泳ぎ方を教えることはできません.とりあえずは,この溺れている人を岸辺まで救い上げねばなりません.この岸辺まで救い上げるのが薬物療法の役目です.

 しかし,これだけでは大半の人はまたそのうち溺れることになります(再発・再燃).だから,岸辺に助け上げた人に,今後できるだけ溺れないように,

 また溺れても自力で泳いで岸辺にあがれるように,溺れた原因(認知・行動様式のくせ)を考えたり,溺れない歩き方や泳ぎ方(認知・行動様式の修正)を勉強していかねばなりません.

 

 

02 非薬物療法

 

 口腔心身症には向精神薬による薬物療法(抗うつ薬や抗不安薬など)が効果的です.

 本症の代表的な病態である舌痛症,とくに単愁訴型(舌のひりひり感が単独症状の症例)などは,このような服薬によって数週以内に症状がほとんど消失します.

 治療者にとってもストレスが最も少ないタイプです.

 これは意識下・無意識下を問わず,病態説明や支持療法的対応(言葉の処方)がなされていれば,その効果はより増強されるといわれています.

 ただ,薬物療法はあくまでも対症療法的であることも認識されるべきであって,患者の環境問題の解決も認知の修正も行ってくれません.

 また歯列咬合異常感症(歯並びや噛み合わせの異常感),自己口臭症(強い口臭がないのにあると確信して対人面で支障を生じている)や,セネストパチー様口腔愁訴(唾液のネバネバ感やベタベタ感を含め口腔内に奇異な症状がある)など3大難治性病態をはじめ,神経症的(とらわれやこだわりが強い)傾向の口腔心身症は,薬物療法単独では治療完結しません.

 非薬物療法の併用下に長期的な治療的関係性継続の覚悟が必要となります(これは患者さんにとっては様々なことをもう一度考えてみる機会になりますし,治療者にとっては心身医学的治療を行う上での治療的自己を試されることになるのかもしれません).

 この非薬物療法には歯科的処置,生活指導や環境調整などとともに,病態説明,一般心理療法,外来森田療法,ロゴセラピー、積極的筋弛緩法,顔系臨床動作法やEFTなど各種心理療法があります.

 これらが常に根本療法になりうるか否かはわかりませんが,少なくとも患者さんのレジリエンス(自己回復力)には好影響を与え,より根本療法的な治療経過を辿ることに寄与することは間違いなさそうです.

 したがって,口腔心身症の治療は向精神薬による薬物療法とともに,歯科的処置,生活指導・環境調整や各種心理療法など非薬物療法を,患者さんに合わせ応病予薬的にミックスさせて治療を行うことが必要になる訳です。

 

 

 積極的筋弛緩法

     

 

 

 催眠療法

     

 

 

 不快感情除去法(必殺掃除人)

     

 

  Emotional Freedom Technique

     

 

                        

 PSI 療法

     

 

                       

 ◯×療法

     

 

 

 

03 真実の薬剤物語

 

 口腔心身症を治療する際に,どうしても薬を飲みたくないと仰られる患者さんがいます.

 そういった患者の多くは,副作用が怖い,依存症が心配,こんな薬を飲まなければいけない人間ではない(プライド)のいずれかが原因であるようです。
 そういった気持ちは重々理解できるのですが,薬剤物語をお話することがあります.わたしの創作した物語です.

 薬というのは,一体どうして存在するのでしょうか? 
 薬というのは,「なんとかして病人の苦しい症状を取ってあげたい」,「なんとかして辛い病気を治してあげたい」といった,多数の医薬関連の人たちの,病人に対する抜苦与楽という集合想念が,長年月を経て結実化したものといえるかもしれないのです.
 薬とは,そのような極めて純粋な結晶のようなものなのです.
 ただ,非常に残念なことではありますが,その結実化する途上において,ときに「すばらしい薬を造って偉くなって有名になりたい」とか,「よく効く薬を造ってお金をたくさん儲けたい」といったような悪想念の不純物が,様々の割合で混入していることがあります.
 そして,同じ病気に同じ薬であっても,ある治療者や病人では副作用もなくよく効きますが,別の治療者や病人では,効きが悪く副作用やアレルギーが出るといったことがあります.
こ れは,単に体質やアレルギーといったことだけではなく,その薬を処方する治療者や服用する病人の心情が,薬の純粋な部分に感応したか(陽性プラセボ効果),あるいは薬の不純な部分に感応したか(陰性プラセボ効果)ということが原因であるかもしれないのです.
 だから,私も気をつけて処方していますが,患者さんも薬に対する「不安」・「拒否」などといった陰性感情についてもう一度よく考える必要があるかもしれません.

 

 

 

04 心理療法的態度

 

 

◆斎藤啓一:フランクルに学ぶ.日本教文社,2001


・虚栄と誇りは違う。虚栄を満たすには他者を必要とするが、誇りは他者を必要としない。
・壊れそうな建築は、屋根に重荷を乗せるとしっかりする。人間も、負担を背負った方が強い。
・深刻な時ほど笑いが必要だ。ユーモアの題材を探し出せ。そこに現状打破の突破口がある。
・信じてもダメかもしれないが、信じなければ、実現するものもしなくなる。
・苦しみ悩むのが人間なのではない。苦しむ苦しみ悩むからこそ人間なのだ。
・真の勇気が試されるのは逆境の時ではない。幸運なときどれだけ謙虚でいられるかで試される。
・絶望とは、もうすぐ新しい自分と新しい希望が生れてくるという前兆である。
・些細なことは重要なことのように徹底してやる。重要なことは些細なことのように心を落ち着けてやる。
・悩む人ほど健康で人間的である。悩む能力がマヒしていないからだ。
・運命は何のために訪れるのか? 本当の自分に目覚めるために.
・自分を忘れたとき、本当の自分を発見する。本当の自分を表現するとき、自分はいなくなる。
・人生の幸福は、どれだけ快楽を得たかではなく、どれだけ感動を得たかによって決まる。
・人間は悩みに苦しむのではない.悩んでいる自分自身に苦しむのだ。
・いくらすばらしい技術があっても人は癒せない。人間的な触れ合いと愛の交流がなければ.

 

 

◆青木省三:精神科臨床ノート.日本評論社,2007


 長い病歴を持つ患者さんが体験したであろう人生のさまざまな出来事に心を揺さぶられることなしに、そもそも血の通った臨床というものは成り立つのだろうか。
 確かに客観的な視点や冷静さを失えば治療や援助は行えなくなる。しかし、患者さんの人生に心が動かなくては治療や援助は行えない。治療者の想像を超えた人生の苦しみを、患者さんの方が体験することが多く、治療者の方が少ないであろうことはいつも忘れずにおきたい。
 患者と治療者という役割をわけるものは、生物学的なことも含めて、人生の偶然以外のなにものでもない。

 精神療法というと「〇〇療法」というような名前と形のある特別の理論と技法を思い浮かべることが多い。
もちろん、そういう精神療法もある。
 しかし、多くの臨床家は、これといった名前のないものや、その臨床家が生きてきた人生の中で体験してきたことと、いくつかの「〇〇療法」の中から自分に納得のいく部分を持ち寄ってきたようなものを行っているのではないか。
 それを「臨床家の精神療法」と名付けてみる。
 それは、それぞれの臨床という場での工夫やハプニングが積み重なってできた「臨床家の知恵」といってよいものかもしれない。
 このような「臨床家の精神療法」の経験こそ必要なのである。
 臨床家の経験の積み重ねや、むしろ人生そのものが力を生み出すような「臨床家の精神療法」は軽視され、しだいに忘れさられていくような危惧を感じている。
 粘り強く臨床に携わってきた人の数だけある「臨床家の精神療法」は、たとえていうなら地酒の味わいである.廃れさせてはもったいない.

 患者さんの悩みや苦しみをいくらかでも軽くするために、どうしてあげたらよいかと考える。しかしできないことも多く、実際にできることは、ささやかな限られたものであることが少なくない。もちろん、そのささやかで限られたものがとても大切なのであるが。。

 精神療法の「〇〇療法」は,日常生活における相談ののり方と決して無縁のものではなく、それどころか日常生活における相談の一つの延長線上に発展してきたのではないか。
 名前のある「〇〇療法」とは、広い人へのかかわり方の中の一つを純粋培養的に発展させたものなのである。それはある意味では、人へのかかわりの幅という意味では狭くなるという後退であり、ある人とのかかわり方という意味においてはより深くなるのである。
 精神療法が「〇〇療法」という名前を持った時、それは狭さと深さの両面を持っていることを知っておく必要がある。
 治療者が無力感を感じ,自身のアイデンティティーさえも見失いがちになるとき、形のある「〇〇療法」は治療者にある種の力を与えるものとして魅力的に誘ってくる。
 しかし私は,治療者が無力感に苦しむことが悪いこととは思わない。無力感を感じなくなるよりも、無力であることをしっかりと受け止めながら、日々の臨床を地道に続けていくことこそが大切なのではないかと思う。
 患者の全体をこまやかに観察し、幅広い選択肢の中から、その患者に応じたものを適宜柔軟に選びとる。様々な「〇〇療法」へと分化される前の,一人の人間としてのかかわり方を大切にする、それが「臨床家の精神療法」というものの基本的な考え方だと思う。

 いかなる精神療法も書物の中にあるわけではない。
 精神療法は一人の人間の中に取り込まれ、話し方や振る舞い方としてあらわれてくる。時間を区切られたセッションの中だけに現れてくるものではなく、一般外来や日常生活にも現れてくる。そこでは、一人の人間の話しぶりと立ち居ふるまいとして現れてくる。たとえ限られた短い時間の診察であったとしても,一般外来の中にこそ精神療法の神髄はある。
 たとえば,「こんにちは」の中に治療者の姿勢が凝縮されているとでも言えばよいだろうか。その後の診察や面接の中で、それらはゆっくりと解凍されるように現れてくる。その治療者の精神療法が、その人の話しぶりと立ち居振る舞いに現れてくるのである。
 論文などで治療者と患者の言葉のやりとりが丁寧に記載されていても、その治療者の精神療法はわからない。その一言が、どのような表情で、どのような口調や音調で発せられていたのかが分からないと、その一言が相手に何を伝えたのか、そしてそれがどのように患者に体験されたのかはわからない。言葉と態度が一体となり、話しぶりと立ち居振る舞いとしてあらわれてくるもの、それこそが精神療法のではないか。
 〇〇療法家にも、紹介したいと思う治療者と紹介したくない治療者がいる。紹介したいと思う治療者は、どこか「〇〇療法」を相対化しており、様々な治療を対等に考えている。
 一般に、視野が狭窄すればするほど、個人の自覚としての自信が強まり、自身が依拠しているものに対する批判力がなくなるというパターンがあるように思う、これは精神療法を勉強する際に陥りやすい、最も怖いことである。

 個人精神療法という人間関係は、必ずしもいつも患者、治療者それぞれの日常生活での人間関係における対人関係能力を向上させるものではない。それだけでなく、2者関係は得意だが、それ以上の複数の関係が苦手な人をつくる場合がある。
 個人精神療法の人間関係で磨かれていくのは、しばしば日常生活では頻度の少ない単純化された人間関係における能力となる可能性がある。
 そもそも個人精神療法家が必ずしも優れた社会性を身につけているわけではない。少なくともそのことを治療者は自覚しておく必要がある。自身の社会性の不十分さへの自覚が,2者関係への埋没を防ぎ、結果として患者の現実の人間関係を豊かにする。

「臨床家の精神療法」とは,一人一人の患者を前にして、治療者がそれまで生きてきた人生の中で、自身のなかに蓄積されたものを総動員し,その患者に応じたものを考えよう、見ツアーつけようとする営みである。

 直面化という言葉が安易に使われ過ぎている。自分がそのような直面化をさせられたらどのように感じ、受け止めるだろうか、ということに対する想像力のない直面化は、百害あって一利なしである。
 直面するということは、できる限り患者が自分の意思のもとに選択すべきものであり、治療者が直面化させるということはできる限り少なくするように配慮したい。
 過去は当然ながら変えることはできないのだが、まずは、過去を冷静に見つめ、次いで一つひとつの出来事の良い面と悪い面を見て、そして,いくらか肯定的な色調で過去をとらえ直すということが臨床において求められている。

 身体に病気と怪我があるように、心にも病気と怪我がある。自然回復力が適切に発揮されるには、ほどよい手当と養生が癒してくれる。

 悩むことや苦しむことは決して心地よいものではないが、悩みや苦しみはそれを通して自分自身や人生について考え、その人の人間としての深みを増してゆくという、いわば人生の肥やしのようなものではないだろうか。
 本当に大切なことを、適切な時期に、しっかりと悩むことや苦しむこと、それをいくらかでも手助けするのが心理療法の目的であると考えたい。
 悩みや苦しみは、楽しみやゆとりを引き立たせる人生の調味料のようなものと言えるかもしれない。悩みや心の傷への対処の仕方に、絶対の正解などありはしない。

 わかろうとすること、そして、少しでも相手が生きやすくなるようにと考えることは重要である。しかし、人の心のすべてがわかるとか、人を変えることができるというのは幻想である。人は機械ではない。心のメカニズムを機械のメカニズムのように説明し、理解することなど、できないことなのである。

 しかし、ぎりぎりのところでは、できることがなく、なす術もなく、ひたすら相手思う、幸運を祈る、そういうことしかできないのではないか、と思うときがある。そして、そのような思いや祈りが、いくらかでも助けになりはしないかと思いながら、一瞬の点滅であり、一粒の砂である人生を、いま臨床家として生きている。

 心理療法は基本的には一代限りである。患者を理解しようとする営みの中で理論は生まれ、その中で援助の技術も磨かれていく。それを形作ろうとする過程にこそ、意味があり治療力がある。しかし逆に、出来上がった理論を通して患者を理解し、定式化された技法を患者に適用しようとすると、生き生きとした治療力が失われやすいので注意が必要である。

 体系的な心理療法よりも、ごく普通の臨床的配慮、あるいは常識的な診療が必要かつ十分であることが多い。

 初回面接は、実は最初で最後の面接であることも決してまれではない。「会うは別れの初め」というが、出会うことは必ず別れがくるということでもある。治療という面からみると、一回で終わりと思いを定めることが、その面接をより意義深いものにする場合がある。
 一方で,治療者が隣人や知人のようになり、患者に際限なく会っている場合もある。患者の日常生活の一部に組み込まれた面接とでも言うのだろうか。この場合、面接内容は、次第に茶飲み話、世間話のようなものになり、面接として際だたなくなる。治療者というよりも市井のおじさん、おばさんに近づいて行く。

初 回面接終了例でわたしのしたことをまとめれば,①悩みや苦しみにまつわる気持ちを汲み取り、そして労ったこと,②悩みや苦しみに対する私なりの理解を平易に説明した.その際,患者の良いところが,逆に今は患者を苦しめるものになっていることなど,良い意味で患者の考えと異なる意外な説明が治療的となる.③治療者が現実的で具体的な指示や提案など

 聞くことと手当すること、診断することと治療すること、客観的観察と主観的推測などが、いずれも相補的に同時進行していくの面接というものである。.

 治療として一回で終わるの面接を考えると、少なくとも聞きっぱなしでは許されない。一回の面接が意味あるものになるためには、患者の悩みや苦しみを理解したうえで、具体的で、可能な提案や指示を与える必要がある。その際、性格の変化や人間としての成長などの大きな変化を目標とせず、対処の仕方や生活をほんの少し変えることを目標とする。しかし、これは決して簡便な精神療法を行うということではない。

 患者の人生の質を向上させることが精神療法の本来の目標であり,その目標のために連続した長期間の面接が必要な場合もあるが,他方人生のワンポイント・リリーフのような面接も大切.そもそも面接は、長かろうと短かろうと、患者の人生のワンポイント・リリーフ.
 一回で終わる面接を,面接の基本と考えるべきではないかとさえ思う.換言すれば、一回で終わるの面接は、できる限り患者の人生に治療者の影を落とさない治療でもある。治療者はできる限り黒子や触媒になり、患者の自然治癒力・自然回復力が働いてくるのを待つ.治療者はできる限り最小限の関与を心がける.

 万終わりのない面接はまさにある意味終わりがない。しかし、面接が人生の中の一大事ではなく、近所の八百屋さんへ行くような感じに近くなる。そこにいけばだれかがいる、というような行きつけの喫茶店や一杯飲み屋に近くなる.そして、私に向って、日々あったことを話し自分自身で心の中におさまりをつける。患者は、私の答えを期待しているというよりは、どちらかというと自分の気持ちに区切りをつける。自問自答するというような雰囲気である。治療者なしには生きていけないというような終わりのなさではなく、立ち寄る場所、居場所としての面接とでもいうのだろうか。そのなかで、患者も治療者も同じように年をとり、やがて老いていく。治療者とは,隣人や知人、少し離れた同伴者とでも言おうか.

 子供時代に、自分の名前をあまり好きだと思えなかったりすることは決して少なくない。しかし,自分の名前が好きになるとまでは言わないにしても、自分の名前がしっくりとなじんでくる時があるような気がする。それは、自分がいくらか自分と折り合いがついたときといえるかもしれない。

 診断されるということは、本来はよくわからない苦痛に、病名という形が与えられることにより、言葉になる前の苦しみが、自分にとってのある種の異物となり、距離がとれるようになることである。医療の枠組み、文脈で病名を与えられるということは、自分の意思や自分の責任というものから、基本的には免責されるということを意味する.

 老年期は危機的である。思春期、青年期、成人期において、しばしば浮上してくる「自分の生きる意味とは何か」という根本的な問いを改めて突き付けられる。そのうえ、自分に残された時間があまり多くないことにも気づいている。この問いに正解などないし、人生の後輩である精神科医が何かを話しても、むなしい言葉になるであろう。ただ、自分自身も、もしその年齢まで生きたとすれば、同じような危機に直面するかもしれないことを自覚し、自らも「自分の生きる意味とは何か」と考えながら、援助を考えるという姿勢が大切であるように思う。老年期の心の整理の仕方、生き方は多様である。治療者には自身が人生を悟ったような言動をしないという節度が求められる。まして、理想的な老年期の過ごし方などを語って,はならない。老年期を過ごし方は、人の数だけあってよい。

 

 

◆ 岩波 明

 。。。精神疾患に限らず重い病気に苦しむ人は後を絶たないのであり、彼らの呻吟する姿をそのままにしておくわけにはいかない。
 彼らの気持ちに寄り添い、心を開いてその苦しみを共に感じること、生き抜くために心を尽くすことは、無力なわれわれにも可能なのである。




塚崎直樹:精神科主治医の仕事-癒しはどのように実現されるのか-,アニマ2001発行・星雲社発売,1993


 医者の仕事はまずその光を灯すことにある。時には、それに尽きることもある。しかし患者の方がそれを望んでいなければ…ダメである。それに、医者の側に何とかしてあげようと言う…気持ちが生じたときだけ、そこに希望が生まれる。単なるリップサービスには人の心を動かす力はない。


 ときどき私は、医者はすべからく喜劇役者であるのがいいのではないかと思うことがある。


 患者の立場は、自分の主治医が、一番偉くて、一番知識があって、一番愉快で、一番健康的であることを求めている。ハンサムなら,なお言うことはない。どれもなかなか実現がむつかしいので、せめて一番愉快なことぐらいはねらってみたいものである。


 治療関係を結ぶという事は。実は患者にとっては、自分の中にある自己治癒力との対話を開始するということに他ならない。それが、とりあえず、医者との対話という形をとるわけである。


 精神科の患者が、治療関係を受け入れている場合は、この治療というのは対話であるということを、それなりに理解しているからであることが多い。


 精神科医となることは『あの世』と『この世』を行き来する患者の魂の旅を、たとえ一瞬でも共有することなのかもしれない。


 生身の人間が、医者としてあるのは良いとしても、三途の川のほとりにやってきて子供の手をとるということは可能だろうか。話のうえであっても、そんなことができるのは地蔵菩薩だけである。


 本当の苦しみに直面したとき、『この世』と『あの世』を行き来できるような回路を開くことなしに、“癒し“を実現することはできないと思う。


 何もしゃべらない面接があって、終わり際に患者の方から『今日の面接はとても良かったです』と言われたこともある。本当に何もしゃべっていないのである。面接には、話した内容よりももっと重要な側面があるのだと、思わされる。


 草葉の陰という言葉があるが、草叢のちょっとした陰に『あの世』はあるのだ。そこから見ると、この世の約束も、この世のしがらみも、また違った風に見えてくるだろう。そのことが一瞬、心を自由にさせる。木の葉が風に揺らいでいるところに『あの世』はある。


 『あの世』は人が死んでから行くところ、そして生まれる前にいたところ。この世のすぐそばにありながら、見えない所。この世の現実を照らし出す、もうひとつの世界。この世の現実が、いかようにも変更可能であることを教えてくれる世界。そう考えてみたい。


 治療者が『あの世』に心を開いていると、『あの世』があるという前提がなければ表現しきれないことを、患者の側が言葉にしやすくなるのである。それで、患者の心が安らぐのだとしたら、やはり『あの世』があると思ったほうが合理的だ。


 たぶん、治療者が十分に有能であれば、『あの世』と『この世』を超えたところから、すべての事態を見ることも可能になってくるだろう。そして、そうなって初めて心理療法家と言えるのかもしれない。これは、歴史的、文化的にはシャーマンと呼ばれる人たちの仕事にきわめて似ている。


 そして、いつの間にか私は心理療法ができるようになっていた。…ある時、何かが変わったのである。かつては薬を出さなければ外来に来てもらうことができなかった患者が、話の内容だけで満足し、通ってくれるようになった。…話しているだけで症状も良くなっていく。その事実は実に不思議だ。患者に対する自分の見方が、天と地ほど変わっていることにも気づくのである。平面と立体ほどの違いである。


 精神科医になって二十年近くたち、ようやく私は自分なりに精神科医の仕事の意味をつかめた。『この世』の現実だけに生きるのではなく、しかし『この世』の現実を離れるのでもなく、さらに深く生きるために、いくつもの現実の中に自由に生きてみせるということである。


 言葉は、沈黙にはさまれて初めて聞き取れる。


 治療者は,患者のいかなる態度にも絶望せず、治療者としてありつづけなければいけない。


 意識があるから、ないからではなく、また、言葉が通じるから、通じないからではなく、その人のそばにいることの重要性を感じた。人間にできることは、まずそんなことからなのかもしれない。


 …沈黙と、ただそばにいるということが、あらゆる言語を超えて、人類共通の言語であること…


 …自分ひとりではない。そのことを知っただけでも勇気が出てくる。


 …しかし、精神の病に対して、いつまでも助け船でいて、それで本当の治療になるのか。そこに本当の癒しはあるのか。その問いは、われわれの仕事に対して、われわれ自身が持つべき問いの一つあろう。


 …“責任を取って“私は高野さんの足や身体をマッサージすることにした。診察の合間を見て、10分か15分、高野さんの足などをマッサージした。『まだまだ』と言われて、30分ぐらいやらされたことも…『今日はまだか』と催促されたり、『責任を自覚ししていない』と怒られることもあった。ところがしばらくして高野さんは、『だんだん足が治ってきました』と言ったり、感謝を表したりするようになった。癌で全身の体力が落ちてくる。それがマッサージで改善するはずはない。しかし、本人はそういうのである。


 …言葉は気持ちをのせるいれもの…


 死に近づいたとき、普通の人よりはるかに混じり気なく、物事の本質をつかみ、表現していた。精神病が治っていたというより、正常を越えてその彼方へ行っていたような気がする。多分、精神病の体験の中で感じたことが、すべてその意味を転換して、彼をそんな世界へ連れて行ったのではないかと思う。彼は決して普通の人間には語れないことを語っていた。


 …私は彼を治療していたのだろうか。治療をしていたのかもしれない。しかし、同時に人生を共にしていたのでもある。


 …仕事には人間を変える力がある。『死にたい』と言っていた人が生きてみようかなと考え出したりする。それくらい大きな力があるし、大事なものである。


 …青春と言うものは、自然に消えていくものではないということなのかもしれない。青春はいつも強いられた形でしか、消えていかない、それが青春の持つ苦さや甘さの理由なのかもしれない。


 …どんなに状態の悪い患者でも、将来に希望が出てくると、症状が改善してくるものだ。


 大物の患者というのは、医者よりも人間的に器が大きいか、病気が標準以上に重いのかのどちらかである。両方あれば本当の本物ということになる。


 患者が医者と治療関係を作ってから、最初に見る夢は、イニシャル・ドリームと言って、その後の経過を予言することがあると言われている。


Amazon書評から抜粋。

1. 投稿者,Amazonカスタマー氏
…ともあれ、塚崎直樹は、「患者の傍らにありつづける」「なすすべがなくとも、けっして見捨てない」医者であることがわかる。
そういう精神科医がいるという事実を知らしむだけでも、患者には福音であろう。

2. 投稿者,ひらひら氏
精神科医とは…完治することのないであろう患者に、ただ、ただ寄り添う。
積極的に「心」にメスを入れたりすることはしないし,できない。
著者・塚崎直樹はわかっているのだ。
自分の仕事が永遠に終わりの無い「もぐら叩き」だということを・・・
患者に寄り添い,同行し,同じ空間・時間・季節を共有し、確実なものとして存在する。「確実な存在」であり続けてくれる事が、患者にどれだけ「癒し」(安心)になるか・・・

3. 投稿者,roses325氏
「治療の大部分は患者とのつきあいを通じてと言うことになる。」と書かれている通り,つきあい,すなわち時間空間を共有することの治療的意味がジワリと伝わってくる。
(主治医に対する)患者の信頼感。それでいてこの主治医は,四季折々の振る舞いを見せながらじっとしているだけの「桜の木」のような存在。必要とあらば,時には三途の川までつきあいもする。本の帯に「魂の旅への同行者=主治医」とあったが,「つきあう」「よりそう」とはそういうことか,と一つの道を示された気がする。



吉松和成
医者と患者
岩波書店、2001


「ときに癒し、よく和らげ、常に慰める」…常に慰める存在であることは可能だし、それをなすのが常に医者に求められるのである。

 もし医者の学問的満足に重きが置かれるようであれば、それははなはだ不幸な事態と言わざるをえない。そのような医療状況では結局医者は病的臓器をみるが、患者を人間全体として見る視点を失っていることになる。

 医者の助けを必要としないと心に決めている段階では、病人は病人であっても患者ではない。患者とは医者の前に現れ、医者の助けを欲し、それを求める者としての心構えが準備されている段階にある人を言うからである。

 掛け替えのない人間としての価値を持った患者に接しているのだと言う自覚は、もっと強調されてしかるべきであろう。

 すなわち何よりも医者は患者の病気に対する自然治癒力あるいは闘病力に期待をかけ、その賦活のためにあらゆる力を注ぎ、そして人事を尽くした後は祈るような気持ちで患者の傍らにじっと居続け、時が熟するのを待つわけである。

 患者の傍に座り、ただ「自分はあなたの必要とする時間いつまでも傍にいるよ」と伝える。

 医者の存在自体が患者の闘病の役に立つ。

 精神科を専攻に選んだ新参の医師で、やがて重いうつ状態にならないような者ーそういう連中は一人前の精神科医にはなれない。

 権威の存在は明らかにその治療効果に影響がある。しかし同時に医者は患者の前でその謙虚さを失ってはならない。この二つの一見相反するあり方の両立が医者には求められていると思うのである。

 医師は患者を助けることをその業に選んだ人間のはずである。しかしその想いや願いに反して、患者の心を傷つけていることがある。医師はその願いと違って、現実には患者に対して加害者にもなりうる。この逆説に気づく事は医師当人にとって耐え難いことかもしれない。しかしそれ以上に傷つき、苦しんでいる患者がいる事実をまず自覚することが医師には求められよう.

 

 

 

薬物療法と心理療法

01 薬物療法と心理療法

02 口腔心身症の非薬物療法

03 真実の薬剤物語

04 心理療法的態度

 

 

01 薬物療法と心理療法

 

 口腔心身症の治療における薬物療法と心理療法の役割を,ひとつの喩えを用いて説明してみます.

 人間の人生を,山頂の古巣に向かって激流の浅瀬を歩いて登っていくことに喩えてみます.

 この激流のあちこちには深みがあり,人間(わたしも含めて)というのは不注意なところがあって,ときどきはその深みにはまって溺れることがあります(発症).

 この溺れている最中の人に,溺れた原因を訊いたり,泳ぎ方を教えることはできません.とりあえずは,この溺れている人を岸辺まで救い上げねばなりません.この岸辺まで救い上げるのが薬物療法の役目です.

 しかし,これだけでは大半の人はまたそのうち溺れることになります(再発・再燃).だから,岸辺に助け上げた人に,今後できるだけ溺れないように,

 また溺れても自力で泳いで岸辺にあがれるように,溺れた原因(認知・行動様式のくせ)を考えたり,溺れない歩き方や泳ぎ方(認知・行動様式の修正)を勉強していかねばなりません.

 

 

02 非薬物療法

 

 口腔心身症には向精神薬による薬物療法(抗うつ薬や抗不安薬など)が効果的です.

 本症の代表的な病態である舌痛症,とくに単愁訴型(舌のひりひり感が単独症状の症例)などは,このような服薬によって数週以内に症状がほとんど消失します.

 治療者にとってもストレスが最も少ないタイプです.

 これは意識下・無意識下を問わず,病態説明や支持療法的対応(言葉の処方)がなされていれば,その効果はより増強されるといわれています.

 ただ,薬物療法はあくまでも対症療法的であることも認識されるべきであって,患者の環境問題の解決も認知の修正も行ってくれません.

 また歯列咬合異常感症(歯並びや噛み合わせの異常感),自己口臭症(強い口臭がないのにあると確信して対人面で支障を生じている)や,セネストパチー様口腔愁訴(唾液のネバネバ感やベタベタ感を含め口腔内に奇異な症状がある)など3大難治性病態をはじめ,神経症的(とらわれやこだわりが強い)傾向の口腔心身症は,薬物療法単独では治療完結しません.

 非薬物療法の併用下に長期的な治療的関係性継続の覚悟が必要となります(これは患者さんにとっては様々なことをもう一度考えてみる機会になりますし,治療者にとっては心身医学的治療を行う上での治療的自己を試されることになるのかもしれません).

 この非薬物療法には歯科的処置,生活指導や環境調整などとともに,病態説明,一般心理療法,外来森田療法,ロゴセラピー、積極的筋弛緩法,顔系臨床動作法やEFTなど各種心理療法があります.

 これらが常に根本療法になりうるか否かはわかりませんが,少なくとも患者さんのレジリエンス(自己回復力)には好影響を与え,より根本療法的な治療経過を辿ることに寄与することは間違いなさそうです.

 したがって,口腔心身症の治療は向精神薬による薬物療法とともに,歯科的処置,生活指導・環境調整や各種心理療法など非薬物療法を,患者さんに合わせ応病予薬的にミックスさせて治療を行うことが必要になる訳です。

 

 

 積極的筋弛緩法

     

 

 

 催眠療法

     

 

 

 不快感情除去法(必殺掃除人)

     

 

  Emotional Freedom Technique

     

 

                        

 PSI 療法

     

 

                       

 ◯×療法

     

 

 

 

03 真実の薬剤物語

 

 口腔心身症を治療する際に,どうしても薬を飲みたくないと仰られる患者さんがいます.

 そういった患者の多くは,副作用が怖い,依存症が心配,こんな薬を飲まなければいけない人間ではない(プライド)のいずれかが原因であるようです。
 そういった気持ちは重々理解できるのですが,薬剤物語をお話することがあります.わたしの創作した物語です.

 薬というのは,一体どうして存在するのでしょうか? 
 薬というのは,「なんとかして病人の苦しい症状を取ってあげたい」,「なんとかして辛い病気を治してあげたい」といった,多数の医薬関連の人たちの,病人に対する抜苦与楽という集合想念が,長年月を経て結実化したものといえるかもしれないのです.
 薬とは,そのような極めて純粋な結晶のようなものなのです.
 ただ,非常に残念なことではありますが,その結実化する途上において,ときに「すばらしい薬を造って偉くなって有名になりたい」とか,「よく効く薬を造ってお金をたくさん儲けたい」といったような悪想念の不純物が,様々の割合で混入していることがあります.
 そして,同じ病気に同じ薬であっても,ある治療者や病人では副作用もなくよく効きますが,別の治療者や病人では,効きが悪く副作用やアレルギーが出るといったことがあります.
こ れは,単に体質やアレルギーといったことだけではなく,その薬を処方する治療者や服用する病人の心情が,薬の純粋な部分に感応したか(陽性プラセボ効果),あるいは薬の不純な部分に感応したか(陰性プラセボ効果)ということが原因であるかもしれないのです.
 だから,私も気をつけて処方していますが,患者さんも薬に対する「不安」・「拒否」などといった陰性感情についてもう一度よく考える必要があるかもしれません.

 

 

 

04 心理療法的態度

 

 

◆斎藤啓一:フランクルに学ぶ.日本教文社,2001


・虚栄と誇りは違う。虚栄を満たすには他者を必要とするが、誇りは他者を必要としない。
・壊れそうな建築は、屋根に重荷を乗せるとしっかりする。人間も、負担を背負った方が強い。
・深刻な時ほど笑いが必要だ。ユーモアの題材を探し出せ。そこに現状打破の突破口がある。
・信じてもダメかもしれないが、信じなければ、実現するものもしなくなる。
・苦しみ悩むのが人間なのではない。苦しむ苦しみ悩むからこそ人間なのだ。
・真の勇気が試されるのは逆境の時ではない。幸運なときどれだけ謙虚でいられるかで試される。
・絶望とは、もうすぐ新しい自分と新しい希望が生れてくるという前兆である。
・些細なことは重要なことのように徹底してやる。重要なことは些細なことのように心を落ち着けてやる。
・悩む人ほど健康で人間的である。悩む能力がマヒしていないからだ。
・運命は何のために訪れるのか? 本当の自分に目覚めるために.
・自分を忘れたとき、本当の自分を発見する。本当の自分を表現するとき、自分はいなくなる。
・人生の幸福は、どれだけ快楽を得たかではなく、どれだけ感動を得たかによって決まる。
・人間は悩みに苦しむのではない.悩んでいる自分自身に苦しむのだ。
・いくらすばらしい技術があっても人は癒せない。人間的な触れ合いと愛の交流がなければ.

 

 

◆青木省三:精神科臨床ノート.日本評論社,2007


 長い病歴を持つ患者さんが体験したであろう人生のさまざまな出来事に心を揺さぶられることなしに、そもそも血の通った臨床というものは成り立つのだろうか。
 確かに客観的な視点や冷静さを失えば治療や援助は行えなくなる。しかし、患者さんの人生に心が動かなくては治療や援助は行えない。治療者の想像を超えた人生の苦しみを、患者さんの方が体験することが多く、治療者の方が少ないであろうことはいつも忘れずにおきたい。
 患者と治療者という役割をわけるものは、生物学的なことも含めて、人生の偶然以外のなにものでもない。

 精神療法というと「〇〇療法」というような名前と形のある特別の理論と技法を思い浮かべることが多い。
もちろん、そういう精神療法もある。
 しかし、多くの臨床家は、これといった名前のないものや、その臨床家が生きてきた人生の中で体験してきたことと、いくつかの「〇〇療法」の中から自分に納得のいく部分を持ち寄ってきたようなものを行っているのではないか。
 それを「臨床家の精神療法」と名付けてみる。
 それは、それぞれの臨床という場での工夫やハプニングが積み重なってできた「臨床家の知恵」といってよいものかもしれない。
 このような「臨床家の精神療法」の経験こそ必要なのである。
 臨床家の経験の積み重ねや、むしろ人生そのものが力を生み出すような「臨床家の精神療法」は軽視され、しだいに忘れさられていくような危惧を感じている。
 粘り強く臨床に携わってきた人の数だけある「臨床家の精神療法」は、たとえていうなら地酒の味わいである.廃れさせてはもったいない.

 患者さんの悩みや苦しみをいくらかでも軽くするために、どうしてあげたらよいかと考える。しかしできないことも多く、実際にできることは、ささやかな限られたものであることが少なくない。もちろん、そのささやかで限られたものがとても大切なのであるが。。

 精神療法の「〇〇療法」は,日常生活における相談ののり方と決して無縁のものではなく、それどころか日常生活における相談の一つの延長線上に発展してきたのではないか。
 名前のある「〇〇療法」とは、広い人へのかかわり方の中の一つを純粋培養的に発展させたものなのである。それはある意味では、人へのかかわりの幅という意味では狭くなるという後退であり、ある人とのかかわり方という意味においてはより深くなるのである。
 精神療法が「〇〇療法」という名前を持った時、それは狭さと深さの両面を持っていることを知っておく必要がある。
 治療者が無力感を感じ,自身のアイデンティティーさえも見失いがちになるとき、形のある「〇〇療法」は治療者にある種の力を与えるものとして魅力的に誘ってくる。
 しかし私は,治療者が無力感に苦しむことが悪いこととは思わない。無力感を感じなくなるよりも、無力であることをしっかりと受け止めながら、日々の臨床を地道に続けていくことこそが大切なのではないかと思う。
 患者の全体をこまやかに観察し、幅広い選択肢の中から、その患者に応じたものを適宜柔軟に選びとる。様々な「〇〇療法」へと分化される前の,一人の人間としてのかかわり方を大切にする、それが「臨床家の精神療法」というものの基本的な考え方だと思う。

 いかなる精神療法も書物の中にあるわけではない。
 精神療法は一人の人間の中に取り込まれ、話し方や振る舞い方としてあらわれてくる。時間を区切られたセッションの中だけに現れてくるものではなく、一般外来や日常生活にも現れてくる。そこでは、一人の人間の話しぶりと立ち居ふるまいとして現れてくる。たとえ限られた短い時間の診察であったとしても,一般外来の中にこそ精神療法の神髄はある。
 たとえば,「こんにちは」の中に治療者の姿勢が凝縮されているとでも言えばよいだろうか。その後の診察や面接の中で、それらはゆっくりと解凍されるように現れてくる。その治療者の精神療法が、その人の話しぶりと立ち居振る舞いに現れてくるのである。
 論文などで治療者と患者の言葉のやりとりが丁寧に記載されていても、その治療者の精神療法はわからない。その一言が、どのような表情で、どのような口調や音調で発せられていたのかが分からないと、その一言が相手に何を伝えたのか、そしてそれがどのように患者に体験されたのかはわからない。言葉と態度が一体となり、話しぶりと立ち居振る舞いとしてあらわれてくるもの、それこそが精神療法のではないか。
 〇〇療法家にも、紹介したいと思う治療者と紹介したくない治療者がいる。紹介したいと思う治療者は、どこか「〇〇療法」を相対化しており、様々な治療を対等に考えている。
 一般に、視野が狭窄すればするほど、個人の自覚としての自信が強まり、自身が依拠しているものに対する批判力がなくなるというパターンがあるように思う、これは精神療法を勉強する際に陥りやすい、最も怖いことである。

 個人精神療法という人間関係は、必ずしもいつも患者、治療者それぞれの日常生活での人間関係における対人関係能力を向上させるものではない。それだけでなく、2者関係は得意だが、それ以上の複数の関係が苦手な人をつくる場合がある。
 個人精神療法の人間関係で磨かれていくのは、しばしば日常生活では頻度の少ない単純化された人間関係における能力となる可能性がある。
 そもそも個人精神療法家が必ずしも優れた社会性を身につけているわけではない。少なくともそのことを治療者は自覚しておく必要がある。自身の社会性の不十分さへの自覚が,2者関係への埋没を防ぎ、結果として患者の現実の人間関係を豊かにする。

「臨床家の精神療法」とは,一人一人の患者を前にして、治療者がそれまで生きてきた人生の中で、自身のなかに蓄積されたものを総動員し,その患者に応じたものを考えよう、見ツアーつけようとする営みである。

 直面化という言葉が安易に使われ過ぎている。自分がそのような直面化をさせられたらどのように感じ、受け止めるだろうか、ということに対する想像力のない直面化は、百害あって一利なしである。
 直面するということは、できる限り患者が自分の意思のもとに選択すべきものであり、治療者が直面化させるということはできる限り少なくするように配慮したい。
 過去は当然ながら変えることはできないのだが、まずは、過去を冷静に見つめ、次いで一つひとつの出来事の良い面と悪い面を見て、そして,いくらか肯定的な色調で過去をとらえ直すということが臨床において求められている。

 身体に病気と怪我があるように、心にも病気と怪我がある。自然回復力が適切に発揮されるには、ほどよい手当と養生が癒してくれる。

 悩むことや苦しむことは決して心地よいものではないが、悩みや苦しみはそれを通して自分自身や人生について考え、その人の人間としての深みを増してゆくという、いわば人生の肥やしのようなものではないだろうか。
 本当に大切なことを、適切な時期に、しっかりと悩むことや苦しむこと、それをいくらかでも手助けするのが心理療法の目的であると考えたい。
 悩みや苦しみは、楽しみやゆとりを引き立たせる人生の調味料のようなものと言えるかもしれない。悩みや心の傷への対処の仕方に、絶対の正解などありはしない。

 わかろうとすること、そして、少しでも相手が生きやすくなるようにと考えることは重要である。しかし、人の心のすべてがわかるとか、人を変えることができるというのは幻想である。人は機械ではない。心のメカニズムを機械のメカニズムのように説明し、理解することなど、できないことなのである。

 しかし、ぎりぎりのところでは、できることがなく、なす術もなく、ひたすら相手思う、幸運を祈る、そういうことしかできないのではないか、と思うときがある。そして、そのような思いや祈りが、いくらかでも助けになりはしないかと思いながら、一瞬の点滅であり、一粒の砂である人生を、いま臨床家として生きている。

 心理療法は基本的には一代限りである。患者を理解しようとする営みの中で理論は生まれ、その中で援助の技術も磨かれていく。それを形作ろうとする過程にこそ、意味があり治療力がある。しかし逆に、出来上がった理論を通して患者を理解し、定式化された技法を患者に適用しようとすると、生き生きとした治療力が失われやすいので注意が必要である。

 体系的な心理療法よりも、ごく普通の臨床的配慮、あるいは常識的な診療が必要かつ十分であることが多い。

 初回面接は、実は最初で最後の面接であることも決してまれではない。「会うは別れの初め」というが、出会うことは必ず別れがくるということでもある。治療という面からみると、一回で終わりと思いを定めることが、その面接をより意義深いものにする場合がある。
 一方で,治療者が隣人や知人のようになり、患者に際限なく会っている場合もある。患者の日常生活の一部に組み込まれた面接とでも言うのだろうか。この場合、面接内容は、次第に茶飲み話、世間話のようなものになり、面接として際だたなくなる。治療者というよりも市井のおじさん、おばさんに近づいて行く。

初 回面接終了例でわたしのしたことをまとめれば,①悩みや苦しみにまつわる気持ちを汲み取り、そして労ったこと,②悩みや苦しみに対する私なりの理解を平易に説明した.その際,患者の良いところが,逆に今は患者を苦しめるものになっていることなど,良い意味で患者の考えと異なる意外な説明が治療的となる.③治療者が現実的で具体的な指示や提案など

 聞くことと手当すること、診断することと治療すること、客観的観察と主観的推測などが、いずれも相補的に同時進行していくの面接というものである。.

 治療として一回で終わるの面接を考えると、少なくとも聞きっぱなしでは許されない。一回の面接が意味あるものになるためには、患者の悩みや苦しみを理解したうえで、具体的で、可能な提案や指示を与える必要がある。その際、性格の変化や人間としての成長などの大きな変化を目標とせず、対処の仕方や生活をほんの少し変えることを目標とする。しかし、これは決して簡便な精神療法を行うということではない。

 患者の人生の質を向上させることが精神療法の本来の目標であり,その目標のために連続した長期間の面接が必要な場合もあるが,他方人生のワンポイント・リリーフのような面接も大切.そもそも面接は、長かろうと短かろうと、患者の人生のワンポイント・リリーフ.
 一回で終わる面接を,面接の基本と考えるべきではないかとさえ思う.換言すれば、一回で終わるの面接は、できる限り患者の人生に治療者の影を落とさない治療でもある。治療者はできる限り黒子や触媒になり、患者の自然治癒力・自然回復力が働いてくるのを待つ.治療者はできる限り最小限の関与を心がける.

 万終わりのない面接はまさにある意味終わりがない。しかし、面接が人生の中の一大事ではなく、近所の八百屋さんへ行くような感じに近くなる。そこにいけばだれかがいる、というような行きつけの喫茶店や一杯飲み屋に近くなる.そして、私に向って、日々あったことを話し自分自身で心の中におさまりをつける。患者は、私の答えを期待しているというよりは、どちらかというと自分の気持ちに区切りをつける。自問自答するというような雰囲気である。治療者なしには生きていけないというような終わりのなさではなく、立ち寄る場所、居場所としての面接とでもいうのだろうか。そのなかで、患者も治療者も同じように年をとり、やがて老いていく。治療者とは,隣人や知人、少し離れた同伴者とでも言おうか.

 子供時代に、自分の名前をあまり好きだと思えなかったりすることは決して少なくない。しかし,自分の名前が好きになるとまでは言わないにしても、自分の名前がしっくりとなじんでくる時があるような気がする。それは、自分がいくらか自分と折り合いがついたときといえるかもしれない。

 診断されるということは、本来はよくわからない苦痛に、病名という形が与えられることにより、言葉になる前の苦しみが、自分にとってのある種の異物となり、距離がとれるようになることである。医療の枠組み、文脈で病名を与えられるということは、自分の意思や自分の責任というものから、基本的には免責されるということを意味する.

 老年期は危機的である。思春期、青年期、成人期において、しばしば浮上してくる「自分の生きる意味とは何か」という根本的な問いを改めて突き付けられる。そのうえ、自分に残された時間があまり多くないことにも気づいている。この問いに正解などないし、人生の後輩である精神科医が何かを話しても、むなしい言葉になるであろう。ただ、自分自身も、もしその年齢まで生きたとすれば、同じような危機に直面するかもしれないことを自覚し、自らも「自分の生きる意味とは何か」と考えながら、援助を考えるという姿勢が大切であるように思う。老年期の心の整理の仕方、生き方は多様である。治療者には自身が人生を悟ったような言動をしないという節度が求められる。まして、理想的な老年期の過ごし方などを語って,はならない。老年期を過ごし方は、人の数だけあってよい。

 

 

◆ 岩波 明

 。。。精神疾患に限らず重い病気に苦しむ人は後を絶たないのであり、彼らの呻吟する姿をそのままにしておくわけにはいかない。
 彼らの気持ちに寄り添い、心を開いてその苦しみを共に感じること、生き抜くために心を尽くすことは、無力なわれわれにも可能なのである。




塚崎直樹:精神科主治医の仕事-癒しはどのように実現されるのか-,アニマ2001発行・星雲社発売,1993


 医者の仕事はまずその光を灯すことにある。時には、それに尽きることもある。しかし患者の方がそれを望んでいなければ…ダメである。それに、医者の側に何とかしてあげようと言う…気持ちが生じたときだけ、そこに希望が生まれる。単なるリップサービスには人の心を動かす力はない。


 ときどき私は、医者はすべからく喜劇役者であるのがいいのではないかと思うことがある。


 患者の立場は、自分の主治医が、一番偉くて、一番知識があって、一番愉快で、一番健康的であることを求めている。ハンサムなら,なお言うことはない。どれもなかなか実現がむつかしいので、せめて一番愉快なことぐらいはねらってみたいものである。


 治療関係を結ぶという事は。実は患者にとっては、自分の中にある自己治癒力との対話を開始するということに他ならない。それが、とりあえず、医者との対話という形をとるわけである。


 精神科の患者が、治療関係を受け入れている場合は、この治療というのは対話であるということを、それなりに理解しているからであることが多い。


 精神科医となることは『あの世』と『この世』を行き来する患者の魂の旅を、たとえ一瞬でも共有することなのかもしれない。


 生身の人間が、医者としてあるのは良いとしても、三途の川のほとりにやってきて子供の手をとるということは可能だろうか。話のうえであっても、そんなことができるのは地蔵菩薩だけである。


 本当の苦しみに直面したとき、『この世』と『あの世』を行き来できるような回路を開くことなしに、“癒し“を実現することはできないと思う。


 何もしゃべらない面接があって、終わり際に患者の方から『今日の面接はとても良かったです』と言われたこともある。本当に何もしゃべっていないのである。面接には、話した内容よりももっと重要な側面があるのだと、思わされる。


 草葉の陰という言葉があるが、草叢のちょっとした陰に『あの世』はあるのだ。そこから見ると、この世の約束も、この世のしがらみも、また違った風に見えてくるだろう。そのことが一瞬、心を自由にさせる。木の葉が風に揺らいでいるところに『あの世』はある。


 『あの世』は人が死んでから行くところ、そして生まれる前にいたところ。この世のすぐそばにありながら、見えない所。この世の現実を照らし出す、もうひとつの世界。この世の現実が、いかようにも変更可能であることを教えてくれる世界。そう考えてみたい。


 治療者が『あの世』に心を開いていると、『あの世』があるという前提がなければ表現しきれないことを、患者の側が言葉にしやすくなるのである。それで、患者の心が安らぐのだとしたら、やはり『あの世』があると思ったほうが合理的だ。


 たぶん、治療者が十分に有能であれば、『あの世』と『この世』を超えたところから、すべての事態を見ることも可能になってくるだろう。そして、そうなって初めて心理療法家と言えるのかもしれない。これは、歴史的、文化的にはシャーマンと呼ばれる人たちの仕事にきわめて似ている。


 そして、いつの間にか私は心理療法ができるようになっていた。…ある時、何かが変わったのである。かつては薬を出さなければ外来に来てもらうことができなかった患者が、話の内容だけで満足し、通ってくれるようになった。…話しているだけで症状も良くなっていく。その事実は実に不思議だ。患者に対する自分の見方が、天と地ほど変わっていることにも気づくのである。平面と立体ほどの違いである。


 精神科医になって二十年近くたち、ようやく私は自分なりに精神科医の仕事の意味をつかめた。『この世』の現実だけに生きるのではなく、しかし『この世』の現実を離れるのでもなく、さらに深く生きるために、いくつもの現実の中に自由に生きてみせるということである。


 言葉は、沈黙にはさまれて初めて聞き取れる。


 治療者は,患者のいかなる態度にも絶望せず、治療者としてありつづけなければいけない。


 意識があるから、ないからではなく、また、言葉が通じるから、通じないからではなく、その人のそばにいることの重要性を感じた。人間にできることは、まずそんなことからなのかもしれない。


 …沈黙と、ただそばにいるということが、あらゆる言語を超えて、人類共通の言語であること…


 …自分ひとりではない。そのことを知っただけでも勇気が出てくる。


 …しかし、精神の病に対して、いつまでも助け船でいて、それで本当の治療になるのか。そこに本当の癒しはあるのか。その問いは、われわれの仕事に対して、われわれ自身が持つべき問いの一つあろう。


 …“責任を取って“私は高野さんの足や身体をマッサージすることにした。診察の合間を見て、10分か15分、高野さんの足などをマッサージした。『まだまだ』と言われて、30分ぐらいやらされたことも…『今日はまだか』と催促されたり、『責任を自覚ししていない』と怒られることもあった。ところがしばらくして高野さんは、『だんだん足が治ってきました』と言ったり、感謝を表したりするようになった。癌で全身の体力が落ちてくる。それがマッサージで改善するはずはない。しかし、本人はそういうのである。


 …言葉は気持ちをのせるいれもの…


 死に近づいたとき、普通の人よりはるかに混じり気なく、物事の本質をつかみ、表現していた。精神病が治っていたというより、正常を越えてその彼方へ行っていたような気がする。多分、精神病の体験の中で感じたことが、すべてその意味を転換して、彼をそんな世界へ連れて行ったのではないかと思う。彼は決して普通の人間には語れないことを語っていた。


 …私は彼を治療していたのだろうか。治療をしていたのかもしれない。しかし、同時に人生を共にしていたのでもある。


 …仕事には人間を変える力がある。『死にたい』と言っていた人が生きてみようかなと考え出したりする。それくらい大きな力があるし、大事なものである。


 …青春と言うものは、自然に消えていくものではないということなのかもしれない。青春はいつも強いられた形でしか、消えていかない、それが青春の持つ苦さや甘さの理由なのかもしれない。


 …どんなに状態の悪い患者でも、将来に希望が出てくると、症状が改善してくるものだ。


 大物の患者というのは、医者よりも人間的に器が大きいか、病気が標準以上に重いのかのどちらかである。両方あれば本当の本物ということになる。


 患者が医者と治療関係を作ってから、最初に見る夢は、イニシャル・ドリームと言って、その後の経過を予言することがあると言われている。


Amazon書評から抜粋。

1. 投稿者,Amazonカスタマー氏
…ともあれ、塚崎直樹は、「患者の傍らにありつづける」「なすすべがなくとも、けっして見捨てない」医者であることがわかる。
そういう精神科医がいるという事実を知らしむだけでも、患者には福音であろう。

2. 投稿者,ひらひら氏
精神科医とは…完治することのないであろう患者に、ただ、ただ寄り添う。
積極的に「心」にメスを入れたりすることはしないし,できない。
著者・塚崎直樹はわかっているのだ。
自分の仕事が永遠に終わりの無い「もぐら叩き」だということを・・・
患者に寄り添い,同行し,同じ空間・時間・季節を共有し、確実なものとして存在する。「確実な存在」であり続けてくれる事が、患者にどれだけ「癒し」(安心)になるか・・・

3. 投稿者,roses325氏
「治療の大部分は患者とのつきあいを通じてと言うことになる。」と書かれている通り,つきあい,すなわち時間空間を共有することの治療的意味がジワリと伝わってくる。
(主治医に対する)患者の信頼感。それでいてこの主治医は,四季折々の振る舞いを見せながらじっとしているだけの「桜の木」のような存在。必要とあらば,時には三途の川までつきあいもする。本の帯に「魂の旅への同行者=主治医」とあったが,「つきあう」「よりそう」とはそういうことか,と一つの道を示された気がする。



吉松和成
医者と患者
岩波書店、2001


「ときに癒し、よく和らげ、常に慰める」…常に慰める存在であることは可能だし、それをなすのが常に医者に求められるのである。

 もし医者の学問的満足に重きが置かれるようであれば、それははなはだ不幸な事態と言わざるをえない。そのような医療状況では結局医者は病的臓器をみるが、患者を人間全体として見る視点を失っていることになる。

 医者の助けを必要としないと心に決めている段階では、病人は病人であっても患者ではない。患者とは医者の前に現れ、医者の助けを欲し、それを求める者としての心構えが準備されている段階にある人を言うからである。

 掛け替えのない人間としての価値を持った患者に接しているのだと言う自覚は、もっと強調されてしかるべきであろう。

 すなわち何よりも医者は患者の病気に対する自然治癒力あるいは闘病力に期待をかけ、その賦活のためにあらゆる力を注ぎ、そして人事を尽くした後は祈るような気持ちで患者の傍らにじっと居続け、時が熟するのを待つわけである。

 患者の傍に座り、ただ「自分はあなたの必要とする時間いつまでも傍にいるよ」と伝える。

 医者の存在自体が患者の闘病の役に立つ。

 精神科を専攻に選んだ新参の医師で、やがて重いうつ状態にならないような者ーそういう連中は一人前の精神科医にはなれない。

 権威の存在は明らかにその治療効果に影響がある。しかし同時に医者は患者の前でその謙虚さを失ってはならない。この二つの一見相反するあり方の両立が医者には求められていると思うのである。

 医師は患者を助けることをその業に選んだ人間のはずである。しかしその想いや願いに反して、患者の心を傷つけていることがある。医師はその願いと違って、現実には患者に対して加害者にもなりうる。この逆説に気づく事は医師当人にとって耐え難いことかもしれない。しかしそれ以上に傷つき、苦しんでいる患者がいる事実をまず自覚することが医師には求められよう.

 

 

 

素敵な言葉

◆ マンガ名せりふ

 

 

                         

 

 

 

◆ 篠原佳年

 

                                               

               

 

 

 

 

◆ 鈴木秀子

 

 

                 

 

 

 

 

◆ 母の愛

 

 

                                         

◆ 宗像恒次

 

 

              

 

 

 

 

◆ 樋口正元

 

 

                

 

 

 

 

◆ 一筆啓上・日本一短い母への手紙

 

                      

                

 

 

 

◆ いのちの根(相田みつを)

 

            

 

 

 

◆ 道(相田みつを)


 

             

 

◆ 平和の祈り

 

           

 

 

◆ 親のこころ

               

 

 

 エリザベス・キューブラー・ロス

 

 

              

 

 

 

◆ 補遺 1

 

 

              

 

◆ 補遺 2

         

 

       

 

  

◆ マンガ名台詞01

                                                               

     

◆ マンガ名台詞02

                             

 

 

◆ マンガ名台詞03

                                          

 

◆ マンガ名台詞04    

            

 

 

 

◆ マンガ名台詞05

                                                   

 

◆ マンガ名台詞06           

                                                           

 

                            

◆ マンガ名台詞07

            

 

◆ 美しいこころ(相田みつを)

           

 

◆ しあわせ(相田みつを)

 

 

◆ 花を支える枝(相田みつを)

                        

 

 

◆ 森田正馬

    

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

        

  

          

 

  

         

 

   

      

 

 

 

素敵な言葉

◆ マンガ名せりふ

 

 

                         

 

 

 

◆ 篠原佳年

 

                                               

               

 

 

 

 

◆ 鈴木秀子

 

 

                 

 

 

 

 

◆ 母の愛

 

 

                                         

◆ 宗像恒次

 

 

              

 

 

 

 

◆ 樋口正元

 

 

                

 

 

 

 

◆ 一筆啓上・日本一短い母への手紙

 

                      

                

 

 

 

◆ いのちの根(相田みつを)

 

            

 

 

 

◆ 道(相田みつを)


 

             

 

◆ 平和の祈り

 

           

 

 

◆ 親のこころ

               

 

 

 エリザベス・キューブラー・ロス

 

 

              

 

 

 

◆ 補遺 1

 

 

              

 

◆ 補遺 2

         

 

       

 

  

◆ マンガ名台詞01

                                                               

     

◆ マンガ名台詞02

                             

 

 

◆ マンガ名台詞03

                                          

 

◆ マンガ名台詞04    

            

 

 

 

◆ マンガ名台詞05

                                                   

 

◆ マンガ名台詞06           

                                                           

 

                            

◆ マンガ名台詞07

            

 

◆ 美しいこころ(相田みつを)

           

 

◆ しあわせ(相田みつを)

 

 

◆ 花を支える枝(相田みつを)

                        

 

 

◆ 森田正馬

    

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

        

  

          

 

  

         

 

   

      

 

 

 

素敵な言葉

◆ マンガ名せりふ

 

 

                         

 

 

 

◆ 篠原佳年

 

                                               

               

 

 

 

 

◆ 鈴木秀子

 

 

                 

 

 

 

 

◆ 母の愛

 

 

                                         

◆ 宗像恒次

 

 

              

 

 

 

 

◆ 樋口正元

 

 

                

 

 

 

 

◆ 一筆啓上・日本一短い母への手紙

 

                      

                

 

 

 

◆ いのちの根(相田みつを)

 

            

 

 

 

◆ 道(相田みつを)


 

             

 

◆ 平和の祈り

 

           

 

 

◆ 親のこころ

               

 

 

 エリザベス・キューブラー・ロス

 

 

              

 

 

 

◆ 補遺 1

 

 

              

 

◆ 補遺 2

         

 

       

 

  

◆ マンガ名台詞01

                                                               

     

◆ マンガ名台詞02

                             

 

 

◆ マンガ名台詞03

                                          

 

◆ マンガ名台詞04    

            

 

 

 

◆ マンガ名台詞05

                                                   

 

◆ マンガ名台詞06           

                                                           

 

                            

◆ マンガ名台詞07

            

 

◆ 美しいこころ(相田みつを)

           

 

◆ しあわせ(相田みつを)

 

 

◆ 花を支える枝(相田みつを)

                        

 

 

◆ 森田正馬

    

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

        

  

          

 

  

         

 

   

      

 

 

 

ちょっといい話

◆『致知』2004年11特集「喜怒哀楽の人間学」(作家・西村滋さんの少年期のお話)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


少年は両親の愛情をいっぱいに受けて育てられた。
殊に母親の溺愛は近所の物笑いの種になるほどだった。
   ・・・
その母親が姿を消した。
庭に造られた粗末な離れ、そこに籠もったのである。
結核を病んだのだった。
近寄るなと周りは注意したが、
母恋しさに少年は離れに近寄らずにはいられなかった。
   ・・・
しかし、母親は一変していた。
少年を見ると、ありったけの罵声を浴びせた。
コップ、お盆、手鏡と手当たり次第に投げつける。
青ざめた顔。長く乱れた髪。荒れ狂う姿は鬼だった。
少年は次第に母を憎悪するようになった。
悲しみに彩られた憎悪だった。
  ・・・
少年六歳の誕生日に母は逝った。
「お母さんにお花を」と勧める家政婦のオバサンに、
少年は全身で逆らい、決して棺の中を見ようとはしなかった。
  ・・・
父は再婚した。少年は新しい母に愛されようとした。
だが、だめだった。
父と義母の間に子どもが生まれ、少年はのけ者になる。
  ・・・
少年が九歳になって程なく、父が亡くなった。
やはり結核だった。
  ・・・
その頃から少年の家出が始まる。
公園やお寺が寝場所だった。
公衆電話のボックスで体を二つ折りにして寝たこともある。
そのたびに警察に保護された。
何度目かの家出の時、
義母は父が残したものを処分し、家をたたんで蒸発した。
  ・・・
それからの少年は施設を転々とするようになる。
  ・・・
十三歳の時だった。少年は知多半島の少年院にいた。
もういっぱしの「札付き」だった。
ある日、少年に奇跡の面会者が現れた。
泣いて少年に棺の中の母を見せようとした
あの家政婦のオバサンだった。
オバサンはなぜ母が鬼になったのかを話した。
死の床で母はオバサンに言ったのだ。
  ・・・
「私は間もなく死にます。あの子は母親を失うのです。
幼い子が母と別れて悲しむのは、
優しく愛された記憶があるからです。
憎らしい母なら死んでも悲しまないでしょう。
あの子が新しいお母さんに可愛がってもらうためには、
死んだ母親なんか憎ませておいたほうがいいのです。
そのほうがあの子は幸せになるのです」
  ・・・
少年は話を聞いて呆然とした。
自分はこんなに愛されていたのか。
涙がとめどなくこぼれ落ちた。
札付きが立ち直ったのはそれからである。
作家・西村滋さんの少年期の話である。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


以上引用
親の愛情とはこのようなものなのでしょう。
溺愛ではなく、短期的な視点ではなく、自分の生き方自体が人に後ろ指を指されるようなものではなく、誰からも、「あなたの親は素晴らしかった」と言われるような親でありたいと思います。

 


◆「老いを支え合う」(豊永大勇)

 


70代の女性が来院しました。同年代のご主人は病気のため寝込みがちで、彼女の体や表情には介護の疲れが出始めていました。
「めまいが起きたり、心臓がドキドキしたりして不安なんです。先生、私、大丈夫でしょうか」
「今まで、とりたてて心配な点はなかったのにねぇ。そうですか。…ところで最近、ご主人との間はいかがですか?」こう問うと、彼女はふいに涙ぐみました。
「相変わらず、しやべってくれません。特にこのごろは言葉が少なく何の反応もないので、つい、私はこんな弱い体で、あなたの世話しているのよ、と言ってしまうんです.このままこうしていくのかと思うと、不安で…」
私から見れば、ご主人は、この世代の男性に多い無口な照れ屋タイプ。決して、奥さんをないがしろにしているわけではありません。寝たきりのご主人も看護する妻も、どっちも「自分の方こそ大変なことを分かってほしい」という気持ちが強くなっているのです。
そこで私は、ある夫婦の話をしました。
10年も寝たきりの奥さんをご主人はよく面倒見ていたのですが、奥さんの方はイライラしてご主人に当たるし、話しかけても何も答えない。とうとうご主人は、腹を決めてこう言ったそうです。
「僕にも落ち度があったかもしれんが、このままじゃ我慢できない。こうして君の面倒を見ようとしているのは、純粋に気持ちが通じ合っていた若い時の思い出が、今も僕の心の中に残っているからだよ。この10年、いろんな試練があった。それを乗り越えてこれたのは、実はこの気持ちが僕を支えてくれたからなんだ」
メロドラマみたいですが、本当の話です。さらに私は続けました。
「ご主人の話を聞いた奥さんは、天井を見つめたままでしたが、深くうなずいたそうです。あなたももう年だからと、夫婦の若い日の思い出を抑え込んでいませんか? 暦の年齢に合わせて、心まで年をとることはないんですよ」
人の話となると、けっこう素直に受け止められるのでしょう。彼女は、じっと聞き入っています。
「では先生、どうしたらいいんですか? 会話のない老いた病人二人が…」
「確かに、体の衰えや病気は避けられません。でも、心の持ち方は違う。だからまずあなたが、思い切っておしやれなんかをしてみなさいよ。服を変え、化粧をして」
彼女は、本当にびっくりしたようで言葉もありません。最近でこそ、シニア世代の夫婦が若々しくあろうとすることは当たり前のようですが、この女性のように、自分たちを必要以上に枯れさせてしまう人も少なくないのです。
「ちょっとした気配りなんだけど、こうしたことは大事なことなんです。いっそ、ご主人にキスしてあげたら? 彼も目を丸くしてしゃべり出しますよ」
目を真ん丸にしたのは彼女の方で、一拍おいて堰を切ったように笑い出しました。
その後しばらくして来院した彼女は、「夜、休む前に主人の手を握るようにしています」と、私に話してくれました。どうも、あの一言が効いたようです。
互いに我を張っているうちは、夫婦の愛情は平行線のまま。けれども、一方が我を抑えて相手の思いに応えようとするところから、すれ違った気持ちを元に戻すきっかけが生まれてきます。夫婦とは、そういうものでは…。そして、それが「愛を与える」ことの始まりのような気がしています。


◆井村和清著:「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」


医者と患者の人間関係ほど大切なものはありません。ある意味では患者が医者にとって他人ではなくなった日から、本当の医療が開始されてゆくのかもしれません。
この人間関係が薄らぎはじめているといわれています。
医者の側にも反省すべき点はあると思いますが、患者が医者を信用しきれず、医者は患者をつねに警戒するといった時代がきたら、もう日本には医療はなくなります。
病苦の重荷を背負った人は、どこまでもそれをひきずり、泣きながら歩いてゆかねばならない、そんな世界にはなってほしくないと思います。
「おばあちゃん、気分はどうですか。何とか頑張って、もう一度自分の足で退院できるようになろうね」「先生、ありがとう、頑張っていますよ」
それが医療だと思います。心と心のコミュニケーションです。
それがあるから、医者はその患者のために自分を犠牲にしてでも何かしたいと努力をするし、それに応えて患者も療養に専念し自分の病気をのりこえていく。そしてそれにより、また医者は患者から教育されることになるのです。
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないのさ。かんじんなことは、目には見えないんだよ。---人間っていうものはこの大切なことを忘れているんだよ」


◆脳死の母を前に 小松憲司 2003.6.28 大阪日日新聞 読者のひろば「散歩道」


子供の時代、病弱で月の半分は仕事を休みがちだった父。二つ違いの弟と私、息子二人の学費や生活費を得るのに働きづめだった母。貧しさのなかの家族団らんの幸福。忘れ物を昼休みに取りに戻る小学生の私は、仕事で家にいないはずの母がたまにいるとき、母の「お多福顔」が女神のように優しく見えた。「お母ちゃん」。

 「憲ちゃん、お母さんが大変なことに・・・」何日かぶりに単身赴任先から独り暮らしの母の様子を見に玄関前に立つと、隣家の米屋の主人から、母の異変を知らされる。母が脳卒中で倒れた。救命救急センター、高知赤十字病院に収容され、集中治療室に。駆けつけた私たち息子二人、母は呼吸停止に近い状態だった。「延命措置を望まれますか?」と担当医。弟の意思も確認し、「はい」と答えた。
  ・・・
父は十五年前、腸閉塞で一夜のうちに他界。今また母が脳幹大量出血のため手術のすべがなく、人口呼吸による脳死に。脳死の母が言葉を発することは、もうない。
小学生の私は帰宅するとまず玄関先立つ。「お母ちゃん、ただいま!」。五回、十回、二十回。家人の誰もいないのを知っていて、母の名を呼び続けた。大好きな母。
  ・・・
六十七歳の母の温もりのある手を握り、声に出し、心の中で繰り返す。「お母ちゃん、ありがとう」。あの頃のように、五回、十回、無限に繰り返す。「・・・」。涙でかすむ私の目の前に、母の目尻からこぼれる一筋の涙。母が泣いている。脳死の母が長男の悲しみように、「大丈夫よ」と、心の手で抱擁してくれている。
  ・・・
脳死の人間に意識がないなど誰が信じられるだろう。医学的所見がどうであれ、脳死の母には、私の知っている母の心、魂が宿っている。母の魂の不滅性を私は信じている。この世においての別れ、家族との愛別離苦からは人は逃れられない。ただ私は、母や父、肉親との来世での再会を希望の原理にしたい。死後も人は永遠の天上界で生き続ける。川を渡り、野を巡り、山を越えて三千里。母から学んだ「献身」「朗らかさ」「清らかな心」。その美しい精神に、再び出会えるのなら、母を訪ねる道程を楽しんでいよう。
「ただいま、お母ちゃん」いつか私も、天国の実家の門をたたくときまで、朗らかに生きていきたい。過去、現在、未来。人は皆、永遠の旅人なのだから。

 

 

◆生と死、仏をみつめ

 

◆「医と私と親鸞」   駒沢勝


私は小児科医で、子供を相手に生活している。生来の子供好きのためか、皆あどけなく、可愛く思える。こんな可愛い子供が死んで逝くのも多く見たし、また脳性麻痺や奇形など、不治の病を一生背負って生きていかねばならぬ子供達も多く見たが、その度に何どなく不偶に思えて辛かった。また、そんな子の親が、途方に暮れ、ただ某然としているのを見ると、やり切れない気持ちで、「自分はもっと頑張らねば」と思うことも多かった。自分はやるべきことをしているが、「ベストを尽くしているか」と自問する時、全くその逆の自分がハッキリと認識できて、そのことをまた辛く思った。
こんな時、私は診療のあるひとこまをよく思い出した。7歳のその白血病の女児は、2年前から私が治療していた。再燃の後、敗血症になり、死ぬ直前には相当苦しかったのだろう、私達の無力ぶりを怒り、「この野郎」、「バカ野郎」、「藪医者め」などと、苦しまぎれに罵声を浴びせていた。
家庭がとても貧しいらしく、父親は夜の仕事をしていて、我が子が死にそうなその日にも、なかなか連絡がつかなかった。やっと連絡が取れ、夜半に駆け付けた父親に、本当に最後の別れを借しむかのように、その子は20分ばかり、荒い息をしながら、甘えきっているようだった。間もなく息がとだえるようになった時、その子は、「お父さん、ありがとう」をあえぎあえぎ言った。そして、「お母さん、ありがとう」も力を振り絞って言った。そして、いよいよ最後の言葉は、「先生、ありがとう」であった。どれほどの意味を含めて言ったかは判らないが、ただ聞く側には、とても辛く、胸をえぐり取られる感じがした。
 
・・・・・・・・

医は否定を基本としている。例えば、「目が見えないのはダメだ」、「耳が聞こえたいのはダメだ」、「四肢が不自由なのはいけない」等々である。この否定を全ての出発点にしている。
これらは仏教の言葉で、「例えば発熱に対して、氷で冷やして熱を下げるのが対治で、温かくして汗を充分にかかして、熱を下げるのが同治だ」と説明されていた。あるいは、悲しんでいる人に「悲しんでもしかたがない。元気を出せと言って、悲しみから立ち直らすのが対治で、一緒に涙を流すことによって、心の重荷を降ろさせてやるのが同治だ」と説明されていた。そして、「同治の方が種々の場面で良い効果をもたらす」と言われていた。    

・・・・・・・・

どんなに親切から始まったものでも、医学は全て「対治」であって、つまり、「否定」であって、「同治」は現在の医学では成り立っていない。完全な「同治」ではないが、親の子に対する態度の中に、時々「同治的なもの」を見ることがある。
つまり、「0Kだ」と言う受け入れ、肯定である。例えば、我が子が死ぬ時など、「何とか生きてくれ、死んだらダメだ」と、子によりかかって泣き崩れる親が殆どだが、たまに「よしよし、よう頑張った、もうよい、もうよい、しんどかったなあ、もうよい、もうよい」などと言う親を見ることがある。これは死を受け入れた、肯定した態度で、「同治」である。死ぬしか道の無い者に「生きろ」と言うのは、生きるしか道の無い者に「死ね」と言うのと同じである。死ぬ者に「死んでも良い」と言う者こそ、本当の味方ではなかろうか。

・・・・・・・・

ある白血病児の母親は、常々「もし、この子が死ぬようなことになったら、その直前に自分の血液を少し輸血して欲しい」と言っていた。多分、「自分の体の一部も、その子と一諸に死のう」と言う気持ちからである。
そして、ついにその日が来て、夜半に意識が無くなり、次第に状態が悪くなっていた時、その母親は、腕をそっと出して、「先生、輪血を」と言った。20ccほど採血して、輪血する間、私は涙がこらえられなかった。
 
・・・・・・・・

(国立岡山病院小児医療センター)駒沢勝
「日本医事新報」第3066号至同第3068号(昭和58年)

 

 

 

 

ちょっといい話

◆『致知』2004年11特集「喜怒哀楽の人間学」(作家・西村滋さんの少年期のお話)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


少年は両親の愛情をいっぱいに受けて育てられた。
殊に母親の溺愛は近所の物笑いの種になるほどだった。
   ・・・
その母親が姿を消した。
庭に造られた粗末な離れ、そこに籠もったのである。
結核を病んだのだった。
近寄るなと周りは注意したが、
母恋しさに少年は離れに近寄らずにはいられなかった。
   ・・・
しかし、母親は一変していた。
少年を見ると、ありったけの罵声を浴びせた。
コップ、お盆、手鏡と手当たり次第に投げつける。
青ざめた顔。長く乱れた髪。荒れ狂う姿は鬼だった。
少年は次第に母を憎悪するようになった。
悲しみに彩られた憎悪だった。
  ・・・
少年六歳の誕生日に母は逝った。
「お母さんにお花を」と勧める家政婦のオバサンに、
少年は全身で逆らい、決して棺の中を見ようとはしなかった。
  ・・・
父は再婚した。少年は新しい母に愛されようとした。
だが、だめだった。
父と義母の間に子どもが生まれ、少年はのけ者になる。
  ・・・
少年が九歳になって程なく、父が亡くなった。
やはり結核だった。
  ・・・
その頃から少年の家出が始まる。
公園やお寺が寝場所だった。
公衆電話のボックスで体を二つ折りにして寝たこともある。
そのたびに警察に保護された。
何度目かの家出の時、
義母は父が残したものを処分し、家をたたんで蒸発した。
  ・・・
それからの少年は施設を転々とするようになる。
  ・・・
十三歳の時だった。少年は知多半島の少年院にいた。
もういっぱしの「札付き」だった。
ある日、少年に奇跡の面会者が現れた。
泣いて少年に棺の中の母を見せようとした
あの家政婦のオバサンだった。
オバサンはなぜ母が鬼になったのかを話した。
死の床で母はオバサンに言ったのだ。
  ・・・
「私は間もなく死にます。あの子は母親を失うのです。
幼い子が母と別れて悲しむのは、
優しく愛された記憶があるからです。
憎らしい母なら死んでも悲しまないでしょう。
あの子が新しいお母さんに可愛がってもらうためには、
死んだ母親なんか憎ませておいたほうがいいのです。
そのほうがあの子は幸せになるのです」
  ・・・
少年は話を聞いて呆然とした。
自分はこんなに愛されていたのか。
涙がとめどなくこぼれ落ちた。
札付きが立ち直ったのはそれからである。
作家・西村滋さんの少年期の話である。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


以上引用
親の愛情とはこのようなものなのでしょう。
溺愛ではなく、短期的な視点ではなく、自分の生き方自体が人に後ろ指を指されるようなものではなく、誰からも、「あなたの親は素晴らしかった」と言われるような親でありたいと思います。

 


◆「老いを支え合う」(豊永大勇)

 


70代の女性が来院しました。同年代のご主人は病気のため寝込みがちで、彼女の体や表情には介護の疲れが出始めていました。
「めまいが起きたり、心臓がドキドキしたりして不安なんです。先生、私、大丈夫でしょうか」
「今まで、とりたてて心配な点はなかったのにねぇ。そうですか。…ところで最近、ご主人との間はいかがですか?」こう問うと、彼女はふいに涙ぐみました。
「相変わらず、しやべってくれません。特にこのごろは言葉が少なく何の反応もないので、つい、私はこんな弱い体で、あなたの世話しているのよ、と言ってしまうんです.このままこうしていくのかと思うと、不安で…」
私から見れば、ご主人は、この世代の男性に多い無口な照れ屋タイプ。決して、奥さんをないがしろにしているわけではありません。寝たきりのご主人も看護する妻も、どっちも「自分の方こそ大変なことを分かってほしい」という気持ちが強くなっているのです。
そこで私は、ある夫婦の話をしました。
10年も寝たきりの奥さんをご主人はよく面倒見ていたのですが、奥さんの方はイライラしてご主人に当たるし、話しかけても何も答えない。とうとうご主人は、腹を決めてこう言ったそうです。
「僕にも落ち度があったかもしれんが、このままじゃ我慢できない。こうして君の面倒を見ようとしているのは、純粋に気持ちが通じ合っていた若い時の思い出が、今も僕の心の中に残っているからだよ。この10年、いろんな試練があった。それを乗り越えてこれたのは、実はこの気持ちが僕を支えてくれたからなんだ」
メロドラマみたいですが、本当の話です。さらに私は続けました。
「ご主人の話を聞いた奥さんは、天井を見つめたままでしたが、深くうなずいたそうです。あなたももう年だからと、夫婦の若い日の思い出を抑え込んでいませんか? 暦の年齢に合わせて、心まで年をとることはないんですよ」
人の話となると、けっこう素直に受け止められるのでしょう。彼女は、じっと聞き入っています。
「では先生、どうしたらいいんですか? 会話のない老いた病人二人が…」
「確かに、体の衰えや病気は避けられません。でも、心の持ち方は違う。だからまずあなたが、思い切っておしやれなんかをしてみなさいよ。服を変え、化粧をして」
彼女は、本当にびっくりしたようで言葉もありません。最近でこそ、シニア世代の夫婦が若々しくあろうとすることは当たり前のようですが、この女性のように、自分たちを必要以上に枯れさせてしまう人も少なくないのです。
「ちょっとした気配りなんだけど、こうしたことは大事なことなんです。いっそ、ご主人にキスしてあげたら? 彼も目を丸くしてしゃべり出しますよ」
目を真ん丸にしたのは彼女の方で、一拍おいて堰を切ったように笑い出しました。
その後しばらくして来院した彼女は、「夜、休む前に主人の手を握るようにしています」と、私に話してくれました。どうも、あの一言が効いたようです。
互いに我を張っているうちは、夫婦の愛情は平行線のまま。けれども、一方が我を抑えて相手の思いに応えようとするところから、すれ違った気持ちを元に戻すきっかけが生まれてきます。夫婦とは、そういうものでは…。そして、それが「愛を与える」ことの始まりのような気がしています。


◆井村和清著:「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」


医者と患者の人間関係ほど大切なものはありません。ある意味では患者が医者にとって他人ではなくなった日から、本当の医療が開始されてゆくのかもしれません。
この人間関係が薄らぎはじめているといわれています。
医者の側にも反省すべき点はあると思いますが、患者が医者を信用しきれず、医者は患者をつねに警戒するといった時代がきたら、もう日本には医療はなくなります。
病苦の重荷を背負った人は、どこまでもそれをひきずり、泣きながら歩いてゆかねばならない、そんな世界にはなってほしくないと思います。
「おばあちゃん、気分はどうですか。何とか頑張って、もう一度自分の足で退院できるようになろうね」「先生、ありがとう、頑張っていますよ」
それが医療だと思います。心と心のコミュニケーションです。
それがあるから、医者はその患者のために自分を犠牲にしてでも何かしたいと努力をするし、それに応えて患者も療養に専念し自分の病気をのりこえていく。そしてそれにより、また医者は患者から教育されることになるのです。
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないのさ。かんじんなことは、目には見えないんだよ。---人間っていうものはこの大切なことを忘れているんだよ」


◆脳死の母を前に 小松憲司 2003.6.28 大阪日日新聞 読者のひろば「散歩道」


子供の時代、病弱で月の半分は仕事を休みがちだった父。二つ違いの弟と私、息子二人の学費や生活費を得るのに働きづめだった母。貧しさのなかの家族団らんの幸福。忘れ物を昼休みに取りに戻る小学生の私は、仕事で家にいないはずの母がたまにいるとき、母の「お多福顔」が女神のように優しく見えた。「お母ちゃん」。

 「憲ちゃん、お母さんが大変なことに・・・」何日かぶりに単身赴任先から独り暮らしの母の様子を見に玄関前に立つと、隣家の米屋の主人から、母の異変を知らされる。母が脳卒中で倒れた。救命救急センター、高知赤十字病院に収容され、集中治療室に。駆けつけた私たち息子二人、母は呼吸停止に近い状態だった。「延命措置を望まれますか?」と担当医。弟の意思も確認し、「はい」と答えた。
  ・・・
父は十五年前、腸閉塞で一夜のうちに他界。今また母が脳幹大量出血のため手術のすべがなく、人口呼吸による脳死に。脳死の母が言葉を発することは、もうない。
小学生の私は帰宅するとまず玄関先立つ。「お母ちゃん、ただいま!」。五回、十回、二十回。家人の誰もいないのを知っていて、母の名を呼び続けた。大好きな母。
  ・・・
六十七歳の母の温もりのある手を握り、声に出し、心の中で繰り返す。「お母ちゃん、ありがとう」。あの頃のように、五回、十回、無限に繰り返す。「・・・」。涙でかすむ私の目の前に、母の目尻からこぼれる一筋の涙。母が泣いている。脳死の母が長男の悲しみように、「大丈夫よ」と、心の手で抱擁してくれている。
  ・・・
脳死の人間に意識がないなど誰が信じられるだろう。医学的所見がどうであれ、脳死の母には、私の知っている母の心、魂が宿っている。母の魂の不滅性を私は信じている。この世においての別れ、家族との愛別離苦からは人は逃れられない。ただ私は、母や父、肉親との来世での再会を希望の原理にしたい。死後も人は永遠の天上界で生き続ける。川を渡り、野を巡り、山を越えて三千里。母から学んだ「献身」「朗らかさ」「清らかな心」。その美しい精神に、再び出会えるのなら、母を訪ねる道程を楽しんでいよう。
「ただいま、お母ちゃん」いつか私も、天国の実家の門をたたくときまで、朗らかに生きていきたい。過去、現在、未来。人は皆、永遠の旅人なのだから。

 

 

◆生と死、仏をみつめ

 

◆「医と私と親鸞」   駒沢勝


私は小児科医で、子供を相手に生活している。生来の子供好きのためか、皆あどけなく、可愛く思える。こんな可愛い子供が死んで逝くのも多く見たし、また脳性麻痺や奇形など、不治の病を一生背負って生きていかねばならぬ子供達も多く見たが、その度に何どなく不偶に思えて辛かった。また、そんな子の親が、途方に暮れ、ただ某然としているのを見ると、やり切れない気持ちで、「自分はもっと頑張らねば」と思うことも多かった。自分はやるべきことをしているが、「ベストを尽くしているか」と自問する時、全くその逆の自分がハッキリと認識できて、そのことをまた辛く思った。
こんな時、私は診療のあるひとこまをよく思い出した。7歳のその白血病の女児は、2年前から私が治療していた。再燃の後、敗血症になり、死ぬ直前には相当苦しかったのだろう、私達の無力ぶりを怒り、「この野郎」、「バカ野郎」、「藪医者め」などと、苦しまぎれに罵声を浴びせていた。
家庭がとても貧しいらしく、父親は夜の仕事をしていて、我が子が死にそうなその日にも、なかなか連絡がつかなかった。やっと連絡が取れ、夜半に駆け付けた父親に、本当に最後の別れを借しむかのように、その子は20分ばかり、荒い息をしながら、甘えきっているようだった。間もなく息がとだえるようになった時、その子は、「お父さん、ありがとう」をあえぎあえぎ言った。そして、「お母さん、ありがとう」も力を振り絞って言った。そして、いよいよ最後の言葉は、「先生、ありがとう」であった。どれほどの意味を含めて言ったかは判らないが、ただ聞く側には、とても辛く、胸をえぐり取られる感じがした。
 
・・・・・・・・

医は否定を基本としている。例えば、「目が見えないのはダメだ」、「耳が聞こえたいのはダメだ」、「四肢が不自由なのはいけない」等々である。この否定を全ての出発点にしている。
これらは仏教の言葉で、「例えば発熱に対して、氷で冷やして熱を下げるのが対治で、温かくして汗を充分にかかして、熱を下げるのが同治だ」と説明されていた。あるいは、悲しんでいる人に「悲しんでもしかたがない。元気を出せと言って、悲しみから立ち直らすのが対治で、一緒に涙を流すことによって、心の重荷を降ろさせてやるのが同治だ」と説明されていた。そして、「同治の方が種々の場面で良い効果をもたらす」と言われていた。    

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どんなに親切から始まったものでも、医学は全て「対治」であって、つまり、「否定」であって、「同治」は現在の医学では成り立っていない。完全な「同治」ではないが、親の子に対する態度の中に、時々「同治的なもの」を見ることがある。
つまり、「0Kだ」と言う受け入れ、肯定である。例えば、我が子が死ぬ時など、「何とか生きてくれ、死んだらダメだ」と、子によりかかって泣き崩れる親が殆どだが、たまに「よしよし、よう頑張った、もうよい、もうよい、しんどかったなあ、もうよい、もうよい」などと言う親を見ることがある。これは死を受け入れた、肯定した態度で、「同治」である。死ぬしか道の無い者に「生きろ」と言うのは、生きるしか道の無い者に「死ね」と言うのと同じである。死ぬ者に「死んでも良い」と言う者こそ、本当の味方ではなかろうか。

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ある白血病児の母親は、常々「もし、この子が死ぬようなことになったら、その直前に自分の血液を少し輸血して欲しい」と言っていた。多分、「自分の体の一部も、その子と一諸に死のう」と言う気持ちからである。
そして、ついにその日が来て、夜半に意識が無くなり、次第に状態が悪くなっていた時、その母親は、腕をそっと出して、「先生、輪血を」と言った。20ccほど採血して、輪血する間、私は涙がこらえられなかった。
 
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(国立岡山病院小児医療センター)駒沢勝
「日本医事新報」第3066号至同第3068号(昭和58年)

 

 

 

 

ちょっといい話

◆『致知』2004年11特集「喜怒哀楽の人間学」(作家・西村滋さんの少年期のお話)

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少年は両親の愛情をいっぱいに受けて育てられた。
殊に母親の溺愛は近所の物笑いの種になるほどだった。
   ・・・
その母親が姿を消した。
庭に造られた粗末な離れ、そこに籠もったのである。
結核を病んだのだった。
近寄るなと周りは注意したが、
母恋しさに少年は離れに近寄らずにはいられなかった。
   ・・・
しかし、母親は一変していた。
少年を見ると、ありったけの罵声を浴びせた。
コップ、お盆、手鏡と手当たり次第に投げつける。
青ざめた顔。長く乱れた髪。荒れ狂う姿は鬼だった。
少年は次第に母を憎悪するようになった。
悲しみに彩られた憎悪だった。
  ・・・
少年六歳の誕生日に母は逝った。
「お母さんにお花を」と勧める家政婦のオバサンに、
少年は全身で逆らい、決して棺の中を見ようとはしなかった。
  ・・・
父は再婚した。少年は新しい母に愛されようとした。
だが、だめだった。
父と義母の間に子どもが生まれ、少年はのけ者になる。
  ・・・
少年が九歳になって程なく、父が亡くなった。
やはり結核だった。
  ・・・
その頃から少年の家出が始まる。
公園やお寺が寝場所だった。
公衆電話のボックスで体を二つ折りにして寝たこともある。
そのたびに警察に保護された。
何度目かの家出の時、
義母は父が残したものを処分し、家をたたんで蒸発した。
  ・・・
それからの少年は施設を転々とするようになる。
  ・・・
十三歳の時だった。少年は知多半島の少年院にいた。
もういっぱしの「札付き」だった。
ある日、少年に奇跡の面会者が現れた。
泣いて少年に棺の中の母を見せようとした
あの家政婦のオバサンだった。
オバサンはなぜ母が鬼になったのかを話した。
死の床で母はオバサンに言ったのだ。
  ・・・
「私は間もなく死にます。あの子は母親を失うのです。
幼い子が母と別れて悲しむのは、
優しく愛された記憶があるからです。
憎らしい母なら死んでも悲しまないでしょう。
あの子が新しいお母さんに可愛がってもらうためには、
死んだ母親なんか憎ませておいたほうがいいのです。
そのほうがあの子は幸せになるのです」
  ・・・
少年は話を聞いて呆然とした。
自分はこんなに愛されていたのか。
涙がとめどなくこぼれ落ちた。
札付きが立ち直ったのはそれからである。
作家・西村滋さんの少年期の話である。


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以上引用
親の愛情とはこのようなものなのでしょう。
溺愛ではなく、短期的な視点ではなく、自分の生き方自体が人に後ろ指を指されるようなものではなく、誰からも、「あなたの親は素晴らしかった」と言われるような親でありたいと思います。

 


◆「老いを支え合う」(豊永大勇)

 


70代の女性が来院しました。同年代のご主人は病気のため寝込みがちで、彼女の体や表情には介護の疲れが出始めていました。
「めまいが起きたり、心臓がドキドキしたりして不安なんです。先生、私、大丈夫でしょうか」
「今まで、とりたてて心配な点はなかったのにねぇ。そうですか。…ところで最近、ご主人との間はいかがですか?」こう問うと、彼女はふいに涙ぐみました。
「相変わらず、しやべってくれません。特にこのごろは言葉が少なく何の反応もないので、つい、私はこんな弱い体で、あなたの世話しているのよ、と言ってしまうんです.このままこうしていくのかと思うと、不安で…」
私から見れば、ご主人は、この世代の男性に多い無口な照れ屋タイプ。決して、奥さんをないがしろにしているわけではありません。寝たきりのご主人も看護する妻も、どっちも「自分の方こそ大変なことを分かってほしい」という気持ちが強くなっているのです。
そこで私は、ある夫婦の話をしました。
10年も寝たきりの奥さんをご主人はよく面倒見ていたのですが、奥さんの方はイライラしてご主人に当たるし、話しかけても何も答えない。とうとうご主人は、腹を決めてこう言ったそうです。
「僕にも落ち度があったかもしれんが、このままじゃ我慢できない。こうして君の面倒を見ようとしているのは、純粋に気持ちが通じ合っていた若い時の思い出が、今も僕の心の中に残っているからだよ。この10年、いろんな試練があった。それを乗り越えてこれたのは、実はこの気持ちが僕を支えてくれたからなんだ」
メロドラマみたいですが、本当の話です。さらに私は続けました。
「ご主人の話を聞いた奥さんは、天井を見つめたままでしたが、深くうなずいたそうです。あなたももう年だからと、夫婦の若い日の思い出を抑え込んでいませんか? 暦の年齢に合わせて、心まで年をとることはないんですよ」
人の話となると、けっこう素直に受け止められるのでしょう。彼女は、じっと聞き入っています。
「では先生、どうしたらいいんですか? 会話のない老いた病人二人が…」
「確かに、体の衰えや病気は避けられません。でも、心の持ち方は違う。だからまずあなたが、思い切っておしやれなんかをしてみなさいよ。服を変え、化粧をして」
彼女は、本当にびっくりしたようで言葉もありません。最近でこそ、シニア世代の夫婦が若々しくあろうとすることは当たり前のようですが、この女性のように、自分たちを必要以上に枯れさせてしまう人も少なくないのです。
「ちょっとした気配りなんだけど、こうしたことは大事なことなんです。いっそ、ご主人にキスしてあげたら? 彼も目を丸くしてしゃべり出しますよ」
目を真ん丸にしたのは彼女の方で、一拍おいて堰を切ったように笑い出しました。
その後しばらくして来院した彼女は、「夜、休む前に主人の手を握るようにしています」と、私に話してくれました。どうも、あの一言が効いたようです。
互いに我を張っているうちは、夫婦の愛情は平行線のまま。けれども、一方が我を抑えて相手の思いに応えようとするところから、すれ違った気持ちを元に戻すきっかけが生まれてきます。夫婦とは、そういうものでは…。そして、それが「愛を与える」ことの始まりのような気がしています。


◆井村和清著:「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」


医者と患者の人間関係ほど大切なものはありません。ある意味では患者が医者にとって他人ではなくなった日から、本当の医療が開始されてゆくのかもしれません。
この人間関係が薄らぎはじめているといわれています。
医者の側にも反省すべき点はあると思いますが、患者が医者を信用しきれず、医者は患者をつねに警戒するといった時代がきたら、もう日本には医療はなくなります。
病苦の重荷を背負った人は、どこまでもそれをひきずり、泣きながら歩いてゆかねばならない、そんな世界にはなってほしくないと思います。
「おばあちゃん、気分はどうですか。何とか頑張って、もう一度自分の足で退院できるようになろうね」「先生、ありがとう、頑張っていますよ」
それが医療だと思います。心と心のコミュニケーションです。
それがあるから、医者はその患者のために自分を犠牲にしてでも何かしたいと努力をするし、それに応えて患者も療養に専念し自分の病気をのりこえていく。そしてそれにより、また医者は患者から教育されることになるのです。
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないのさ。かんじんなことは、目には見えないんだよ。---人間っていうものはこの大切なことを忘れているんだよ」


◆脳死の母を前に 小松憲司 2003.6.28 大阪日日新聞 読者のひろば「散歩道」


子供の時代、病弱で月の半分は仕事を休みがちだった父。二つ違いの弟と私、息子二人の学費や生活費を得るのに働きづめだった母。貧しさのなかの家族団らんの幸福。忘れ物を昼休みに取りに戻る小学生の私は、仕事で家にいないはずの母がたまにいるとき、母の「お多福顔」が女神のように優しく見えた。「お母ちゃん」。

 「憲ちゃん、お母さんが大変なことに・・・」何日かぶりに単身赴任先から独り暮らしの母の様子を見に玄関前に立つと、隣家の米屋の主人から、母の異変を知らされる。母が脳卒中で倒れた。救命救急センター、高知赤十字病院に収容され、集中治療室に。駆けつけた私たち息子二人、母は呼吸停止に近い状態だった。「延命措置を望まれますか?」と担当医。弟の意思も確認し、「はい」と答えた。
  ・・・
父は十五年前、腸閉塞で一夜のうちに他界。今また母が脳幹大量出血のため手術のすべがなく、人口呼吸による脳死に。脳死の母が言葉を発することは、もうない。
小学生の私は帰宅するとまず玄関先立つ。「お母ちゃん、ただいま!」。五回、十回、二十回。家人の誰もいないのを知っていて、母の名を呼び続けた。大好きな母。
  ・・・
六十七歳の母の温もりのある手を握り、声に出し、心の中で繰り返す。「お母ちゃん、ありがとう」。あの頃のように、五回、十回、無限に繰り返す。「・・・」。涙でかすむ私の目の前に、母の目尻からこぼれる一筋の涙。母が泣いている。脳死の母が長男の悲しみように、「大丈夫よ」と、心の手で抱擁してくれている。
  ・・・
脳死の人間に意識がないなど誰が信じられるだろう。医学的所見がどうであれ、脳死の母には、私の知っている母の心、魂が宿っている。母の魂の不滅性を私は信じている。この世においての別れ、家族との愛別離苦からは人は逃れられない。ただ私は、母や父、肉親との来世での再会を希望の原理にしたい。死後も人は永遠の天上界で生き続ける。川を渡り、野を巡り、山を越えて三千里。母から学んだ「献身」「朗らかさ」「清らかな心」。その美しい精神に、再び出会えるのなら、母を訪ねる道程を楽しんでいよう。
「ただいま、お母ちゃん」いつか私も、天国の実家の門をたたくときまで、朗らかに生きていきたい。過去、現在、未来。人は皆、永遠の旅人なのだから。

 

 

◆生と死、仏をみつめ

 

◆「医と私と親鸞」   駒沢勝


私は小児科医で、子供を相手に生活している。生来の子供好きのためか、皆あどけなく、可愛く思える。こんな可愛い子供が死んで逝くのも多く見たし、また脳性麻痺や奇形など、不治の病を一生背負って生きていかねばならぬ子供達も多く見たが、その度に何どなく不偶に思えて辛かった。また、そんな子の親が、途方に暮れ、ただ某然としているのを見ると、やり切れない気持ちで、「自分はもっと頑張らねば」と思うことも多かった。自分はやるべきことをしているが、「ベストを尽くしているか」と自問する時、全くその逆の自分がハッキリと認識できて、そのことをまた辛く思った。
こんな時、私は診療のあるひとこまをよく思い出した。7歳のその白血病の女児は、2年前から私が治療していた。再燃の後、敗血症になり、死ぬ直前には相当苦しかったのだろう、私達の無力ぶりを怒り、「この野郎」、「バカ野郎」、「藪医者め」などと、苦しまぎれに罵声を浴びせていた。
家庭がとても貧しいらしく、父親は夜の仕事をしていて、我が子が死にそうなその日にも、なかなか連絡がつかなかった。やっと連絡が取れ、夜半に駆け付けた父親に、本当に最後の別れを借しむかのように、その子は20分ばかり、荒い息をしながら、甘えきっているようだった。間もなく息がとだえるようになった時、その子は、「お父さん、ありがとう」をあえぎあえぎ言った。そして、「お母さん、ありがとう」も力を振り絞って言った。そして、いよいよ最後の言葉は、「先生、ありがとう」であった。どれほどの意味を含めて言ったかは判らないが、ただ聞く側には、とても辛く、胸をえぐり取られる感じがした。
 
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医は否定を基本としている。例えば、「目が見えないのはダメだ」、「耳が聞こえたいのはダメだ」、「四肢が不自由なのはいけない」等々である。この否定を全ての出発点にしている。
これらは仏教の言葉で、「例えば発熱に対して、氷で冷やして熱を下げるのが対治で、温かくして汗を充分にかかして、熱を下げるのが同治だ」と説明されていた。あるいは、悲しんでいる人に「悲しんでもしかたがない。元気を出せと言って、悲しみから立ち直らすのが対治で、一緒に涙を流すことによって、心の重荷を降ろさせてやるのが同治だ」と説明されていた。そして、「同治の方が種々の場面で良い効果をもたらす」と言われていた。    

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どんなに親切から始まったものでも、医学は全て「対治」であって、つまり、「否定」であって、「同治」は現在の医学では成り立っていない。完全な「同治」ではないが、親の子に対する態度の中に、時々「同治的なもの」を見ることがある。
つまり、「0Kだ」と言う受け入れ、肯定である。例えば、我が子が死ぬ時など、「何とか生きてくれ、死んだらダメだ」と、子によりかかって泣き崩れる親が殆どだが、たまに「よしよし、よう頑張った、もうよい、もうよい、しんどかったなあ、もうよい、もうよい」などと言う親を見ることがある。これは死を受け入れた、肯定した態度で、「同治」である。死ぬしか道の無い者に「生きろ」と言うのは、生きるしか道の無い者に「死ね」と言うのと同じである。死ぬ者に「死んでも良い」と言う者こそ、本当の味方ではなかろうか。

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そして、ついにその日が来て、夜半に意識が無くなり、次第に状態が悪くなっていた時、その母親は、腕をそっと出して、「先生、輪血を」と言った。20ccほど採血して、輪血する間、私は涙がこらえられなかった。
 
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患者さんとの対話

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1999以降心身医療関連の執筆論文・学会発表ならびにマスコミ関連

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